大江千里のジャズ案内 「ジャズって素敵!」 最終回

新世代の新しいジャズの潮流

大江千里

ジャズの新潮流とZ世代

この連載の最初に、マンハッタンのバーで若い白人の女の子が「ジャズって格好いいよね」って言っていた話、覚えてますか?

僕のような60歳を超えた人間には、ジャズには常に戦いの歴史があり、変化すると叩かれてを繰り返してきた音楽だという固定概念があります。それが、グラスパーやメルドーらの登場によって、切り拓いた道の先には混沌、つまりジャンルの濁った川を跨ぎ、楽器も歌もやってよし、ジャズでもポップでもよし、デジタルもアナログもよし、スイングやニューオーリンズのトラッドジャズからロックやヒップホップまでを巻き込んで、自作のPCでジャズして、という時代へ突入しちゃったのです。

ここではジャズサイドからもポップサイドからもアプローチしている現在のジャズの混沌エリアを一気に紹介しちゃいましょう。

まず歌手の動きで見るのがわかりやすいと思いますので、シンガーのベッカ・スティーヴンスを挙げたいと思います。彼女もニュースクール出身のジャズどっ直球のシンガーですが、作品の世界観は「ネオアコースティック」です。

ウィムジカル(whimsical)と表現される日本語にすると「気まぐれな、ちょっと変わった」世界観なのですが、僕の解釈だと、「一昔前のオリーブ少女的」世界観とでも言いましょうか。

チャーリー・パーカーの時代のビバップがシットイン(セッションでさまざまな演奏家が飛び入りすること)でどっちが上手いかを決めるようなマッチョなジャズだとすると、彼女が体現するのはその真逆のジャズです。

少女的な世界観の歌詞は、インディジャズの台風の目でした(例えば『Tea By Sea』(2008年))。彼女は2016年頃にロンドンのマネージメントと仕事を始め、天才マルチアーティストのジェイコブ・コリアーとデュエットします。

それが「Bathtub」という作品です。水のぶくぶく音や二人の声をいっぱい使って、実験的かつジャズでポップな音楽に仕上がっています。ジェイコブもベッカも大好きであろうスティービー・ワンダー的なハーモニーがベースにあるのも素敵。PVではふたりで被り物はするわダンスは踊るわで、音を楽しんで戯れまくっています。

「I Heard You Singing」でジェイコブは「ベッカはこの地球上で最も近い存在の仲間の一人です」と語っています。(僕はこの年に作った『Answer July』の表題曲でベッカとコラボしました。)

ドミ&JD・ベックはお母さんがジャミロクワイなどのポップスとジャズが融合した音楽を聞いてた世代のミュージシャンです。彼らが提示する完成度の高い宅録的ジャズはバリエーションに富んでいて、SNSにアップした演奏動画が話題を呼びました。

『NOT TiGHT』(2022年)にはアンダーソン・パークやサンダーキャット、ハービー・ハンコック、バスタ・ライムス、スヌープ・ドッグ、マック・デマルコなど、世代やシーンを超えた面々が参加してます。そしてジャズの伝統を認めながらも、革新的なミュージシャンたちと次々に契約を交わすドン・ウォズが舵取り役になったブルーノートレーベルからの発売になります。

昔からウエストコーストジャズなどと呼ばれていたLAのジャズシーンはどうでしょうか。ここでもジャズが乱反射しています。もっとも台風の目なのは、ここ数年、シーンで魅力を振りまくカマシ・ワシントン。彼は影響を受けた音楽にジョン・コルトレーン『Transition』(1970年)、イーゴリ・ストラヴィンスキー『Stravinsky Conducts Stravinsky(詩篇交響曲)』(1930年作曲)、アート・ブレイキー『Like Someone in Love』(1967年)、そしてスヌープ・ドッグ『Doggystyle』(1993年)を挙げています。

余談ですが、カマシがジョージ・クリントンをフィーチャーした「Get Lit」では日本語の「ありがとう」が聞こえてくる瞬間があります。一昔前鮮烈だったミッシー・エリオットの「Get Ur Freak On」のイントロに日本人の「これからみんなでめちゃくちゃ踊って騒ごう騒ごう」という語りが入っているのを思い出しました。ジャズの新しい潮流のあちこちに「日本の文化のテイスト」が見え隠れする、それが日本人である僕には無性に嬉しい瞬間です。

カマシが参加しているサンダーキャットとのコラボ曲「Them Changes」のPVでは鎧を着た武士が登場します。ここでも再び日本が!

僕は渡米してありとあらゆる年代のジャズミュージシャンから「日本ってジャズへのリスペクトと愛に溢れる国なんだよね。そうだろう?」と尋ねられることがあまりに多いのです。「日本人はジャズだけじゃなくて音楽全般への忠誠心がとても強いんだ。だから一旦好きになったらその音楽を墓場まで持ってく」と答えるのですが、こうやって日本をモチーフにする彼らのアティチュードに思わずニマッとするわけです(笑)。

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 Vol.6

プロフィール

大江千里

(おおえ せんり)

1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。

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