大江千里のジャズ案内 「ジャズって素敵!」 最終回

新世代の新しいジャズの潮流

大江千里

ジャズと社会の距離感

チャーリー・パーカーの弟子のようにくっついてた、ジュリアードの学生でトランペットボーイのマイルス・デイヴィスは、当時先鋭的な作風で知られた3人の音楽家(ギル・エヴァンス、ジェリー・マリガン、ジョン・ルイス)をアレンジャーに迎えて、問題作『Birth of the Cool(クールの誕生)』(1957年)を発表します。

ここには、師匠のバード(チャーリー・パーカー)のビバップが根底にありつつ、チューバやフレンチホルンといった、ジャズでは珍しい楽器のホーンセクションを用いて不協和音ギリギリのハーモニーにチャレンジ。このアルバムが与えたインパクトは相当なものがありました。

その後もマイルスはジャズ界の風雲児としてアコースティック主体のジャズにエレクトリック楽器を導入したり、「1発録り」のジャズにダビングやデジタルの発想を持ち込んだりします。ジャズに限らず、他の音楽ジャンルにも新しい機材や楽器が発明を生み出した黎明の時代に突入するのです。

一方で、マイルスと並んで論じられがちなサックス奏者のジョン・コルトレーンが挑戦したのは、本来のジャズを突き詰めるあまり、よりストイックにラディカルに即興性が増した新しいジャズでした。カリスマ性のあるミュージシャンでしたが、抽象的で若干難解とも取れるスタイルで賛否両論が巻き起こり、一気にファンが離れます。

この流れからわかるのは、「常に社会と関わろうとするがあまりに、逆に社会に反発し続けた」側面が、ジャズが持つ独自の「大きな現象」であるということです。

そして60年代にロックの台頭により、ジャズがだんだんメインストリームから傍へその道を外れはじめて、70年代に入るとさらに混沌として人気は衰退するものの、「フュージョン」と言われるポップスとの融合に流れつきます。もちろん「こんなものはジャズじゃない」と言われましたが、叩かれれば叩かれるほど変化し「起き上がり小法師」で続いていくのです。

そんな中生まれたチック・コリアの『Return to Forever』(1972年)はメロディアスかつリリカルで、ラテンリズムを取り入れた名作として今も多くの音楽家を捉えて離さない作品です。フュージョンには名作が多く、ハーブ・アルパート『Rise』(1979年)、ラリー・カールトン『Larry Carlton(夜の彷徨)』(1978年)、ザ・クルセイダーズ『Those Southern Knights (南から来た十字軍) 』(1976年)などがあります。

でもやはり、チックの世界観はジャズの金字塔と言える芸術だと思います。ジャズの持つ外向きの力、透明感、体が自然と動く楽しさが溢れかえっています。そして優しさが詰まっています。争いや排他勢力からまるで音楽で解き放つような、その包み込む優しさ。これこそソーシャルミュージックとして「聖書のようなアルバム」だと思うのですが、いかがでしょう。

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 Vol.6

プロフィール

大江千里

(おおえ せんり)

1960年生まれ。ミュージシャン。1983年にシンガーソングライターとしてデビュー。「十人十色」「格好悪いふられ方」「Rain」などヒット曲が数々。2008年ジャズピアニストを目指し渡米、2012年にアルバム『Boys Mature Slow』でジャズピアニストとしてデビュー。現在、NYブルックリン在住。2016年からブルックリンでの生活を note 「ブルックリンでジャズを耕す」にて発信している。著書に『9番目の音を探して 47歳からのニューヨークジャズ留学』『ブルックリンでソロめし! 美味しい! カンタン! 驚きの大江屋レシピから46皿のラブ&ピース』(ともにKADOKAWA)ほか多数。

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