新型コロナ後の世界を生きる
真希さんは今の仕事を続けるのはあと10年、50歳頃までだと考えている。
「子どもが大きくなれば、別に夜に働きに行ってもいいわけですから、熟女系のキャバクラとか、スナックでもいいかなと」
子育てが終わった後も、一人で生きていくつもりだ。再婚は考えていない。
「男の人は当てにならないということがわかったので、いい人がいたら、お客さんになってくれたらうれしいって感じです。結婚とかいいからって。一回、失敗しましたから、希望は持てないですね」
これまで取材してきたシングルマザーと違い、子育て後の真希さんに「貧困」は当てはまらない。国民年金をきちんと払っているから、年金も入る。老後のための蓄えも、最終的にはどれだけの額になるかはわからないが、とりあえずはある。
結局、皮肉にも性風俗産業しか、シングルマザーを支える場所はないということなのか。
私のようなフリーライターなど、吹けば飛ぶような存在だ。それでも何とか、息子二人は、自分の将来を選択できる道に進ませることはできた。もちろん、老後、二人の世話になるつもりはない。いや、母親まで食べさせるなんて、この不況下では不可能なのだ。
こういう世界があったのか──。自分の力だけで息子に最高の教育環境を用意し、安定した未来を保証している、一人のセックスワーカーの姿に正直、圧倒された。私など、足元にも及ばないと。淡々とした語り口、どこか頼りなげな印象も併せ持つ真希さんの生きざまは、見事であると同時に、大きな衝撃を余韻として私に残した。
取材から1年、新型コロナで状況は一変した。性風俗産業はもちろん、濃厚接触の極みだ。真希さんがどうしているのか、メールを送ったところ、すぐに返信があった。
メールにはこうあった。
「仕事はお察しの通り、全くありません。お店は営業していますが、お客さんは全然、来ていないみたいですね。私ももう2ヶ月ぐらい出勤していないので、直近のことは分かりませんが……。
でも逆に、今の時期に稼げたとしても、そこで感染したら説明ができないので、やっぱり、私は休んでいたと思います。他の女の子たちは稼げないから、出勤の日にちを増やしているみたいです。でも、お客さんが来ないから、待機室がクラスターになる可能性が高いですね」
授業料の支払いがあるため、真希さんは自治体の緊急小口資金を借りようと、1週間続けて窓口に電話をしているが、繋がらないということだった。
その状況を踏まえ、真希さんはメールをこう結んでいた。
「結局、電話が繋がっても、面談までが1ヶ月後とかで、実際に借りられるのは、さらに1ヶ月後とかでしょうね。本当に、やっぱり誰も当てにならないし、自分しか頼りにならないって、再認識しました」
新型コロナの感染収束後であっても、厳しい自粛が要求されるのが性風俗の世界だ。今までと変わってしまった世界で、真希さんはどう生きていくのだろう。
これまでは自身の意思の強さで、息子との生活を築いてきた真希さんだが、コロナ禍のように、自分の意思ではどうしようもない障壁も訪れるわけだ。感染の第2波、第3波があると言われる中、しわ寄せが最も顕著に現れる場で日銭を稼ぐ真希さんの未来を考えれば、今は蓄えがあるとしても、決して安定したものだとは言い難い。身体あっての仕事であり、感染や暴力とも隣り合わせで生きなければならないリスクを、常に抱えている。
老後に2000万が必要だという、この国だ。今は40歳という若さだが、20年後、30年後を考えた時、真希さんにとっても安心できる老後などないと言えるだろう。
懸命に働き、子どもを育て上げた後のシングルマザーに待っているのは、さらなる困難とはあんまりではないか。なぜ、このような社会に、この国はなってしまったのだろう。
「母子家庭」という言葉に、どんなイメージを持つだろうか。シングルマザーが子育てを終えたあとのことにまで思いを致す読者は、必ずしも多くないのではないか。本連載では、シングルマザーを経験した女性たちがたどった様々な道程を、ノンフィクションライターの黒川祥子が紹介する。彼女たちの姿から見えてくる、この国の姿とは。