シングルマザー、その後 第5回

モラハラ夫は離婚後、調停マニアと化した

黒川祥子
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「母子家庭」という言葉に、あなたはどんなイメージを持つだろうか。「女手ひとつで大変そう」「お母さんが働いているあいだ、子どもはどうするの?」「家族観も多様化しているのだから、立派な生き方だと思う」……。

古典的なものも、あるいは比較的おおらかな考え方も、イメージは様々だろう。しかしながら、シングルマザーが子育てを終えたあとのことにまで思いを致す読者は必ずしも多くないのではないか。

本連載では、シングルマザーを経験した女性たちがたどった様々な道程を、ノンフィクションライターの黒川祥子が紹介する。彼女たちの姿から見えてくる、この国の姿とは。

プラナ / PIXTA(ピクスタ)

 

 元夫との暮らしは異様なものだった。小林尚美さん(仮名、53歳)はOL生活を経て31歳で結婚、専業主婦となった。34歳で長男、37歳で次男を出産し、39歳の時に離婚を決意し、実家に戻った。

 8年間に及んだ結婚生活だが、家族の一家団欒などあたたかなひと時は、全くなかったと尚美さんは振り返る。

「夫は自室にコタツ、テレビを備え、酒やゲームを持ち込み、そこから出てこない。子どもがパパと遊びたい時は、部屋を訪ねないといけない。一家4人で買い物に行っても、夫は外でタバコを吸っているだけ。夫との心の交流なんて、全くありませんでした」

 クールで一匹狼的なところに惹かれて結婚したが、甘い新婚生活も皆無だった。

「結婚生活は最初からきついものでした。すべて、彼に合わせないといけないんです。『自分に従え』と一方的で、基本的に、話し合いができない」

 新しい生活を作っていくにあたり、尚美さんは、「もっとお互い、話し合ってやって行こうよ」と提案した。その言葉に、夫は豹変した。怒鳴りまくって荒れ狂う夫を前に、尚美さんは提案を諦めた。

 いつも、無言の圧力を感じていた。

「たとえば、食事の時に好きじゃない味のものが出ると、『これ、もっと、こうしてくれる?』と、私に言うのではなく、無言で立ち上がり、カップラーメンにお湯を注いで、自分の部屋に持って行く。カップラーメンは箱買いして、自室に置いていましたね」

 自分の存在を完全に無視する夫を前に、尚美さんは透明人間のような気持ちになる。みじめだった。無視という無言の圧力で、妻をこうして責め立てるのだ。

 夫は、電気もテレビも付けっ放しで寝るのが常だった。光熱費がかかるからと注意をしたところ、返ってきたのは怒声だ。

「これが、俺の癒しなんだ! つべこべ言うな! 誰が、金を稼いでると思ってるのか! おまえは一体、何を目標に生きてるのか! 俺は家族のために稼ぐというのがあるけど、おまえはただ、遊んでいるだけじゃないか!」

 自分の非を認めず、問題をすり替えて尚美さんを卑下し、追い詰めるのも毎度のこと。

 加えて、夫は尚美さんを苦しめることを敢えてした。尚美さんには悔しくて、忘れられない“事件”がある。

 次男の妊娠時、尚美さんは切迫流産の恐れで入院、寝たきりとなった。2歳の長男は実母に預けていたが、どうしても会いたいから、病院に連れてきてほしいと夫に頼んだ。すると夫は、尚美さんの実家から息子を「(尚美さんに)面会させるから」と引き取ったにもかかわらず、そのまま、自分の実家へ息子を連れて行った。

「会いたくて朝から待っていたのに……。私、すごく泣きました。コミュニケーションが取れないだけでなく、彼は、そういういじわるなことをするんです」

haku / PIXTA(ピクスタ)

“いじわる”の最たるものが、長男と次男を家に置いて、買い物に出かけた時に起きた。尚美さんは家に戻ったら、すぐに次男の離乳食を作らないとと思っていた。ところが、玄関ドアのバーがロックされて、家に入れない。

「次男の泣き声が聞こえるんです。お腹が空いている、早く離乳食を作らないといけないと思い、必死にピンポンするのですが、いくら鳴らしても、夫は出てこない。玄関横の部屋にいるのに。長男が『ママ、帰って来たよ』と、夫に言っているのに無視。幼い長男はいくらジャンプしても、バーには届かない」

 15分ほど待たされた挙句、ロックが解除された。夫は何も言わず、自分の部屋へ入り扉を閉める。怒り心頭の尚美さんは、その部屋に飛び込んだ。

「こんな家族無視みたいな生活、もう耐えられない!」

「おまえだって、俺を締め出したじゃないか!」

 論点をすり替え、決して非を認めない、いつものやり口だった。

「昔のどうでもいいことを持ち出して私を責めるから、本当に腹が立って、もみあいになった。強く手を握られてバキッとひねられた瞬間、ぶらって、手の力が抜け、みるみる腫れ上がった」

 骨折だった。お腹を空かせた次男が泣いているのに、この手では何もできない。尚美さんは実母を呼んだ。それが気に入らないと夫は、激怒した。

「怒って、壁を蹴りまくって、母に『他人のくせに、口出しするなー』と怒鳴って、母は震え上がりました。私に、『もう、家に帰ってきなさい』と……」

 全治3ヶ月の重傷を負った尚美さんだが、それでもまだ、結婚生活を頑張ろうとした。結婚した以上、添い遂げないといけないという頑なな思いがあったからだ。

 しかし、夫は勝手にキャッシュカードを変更し、尚美さんは生活費さえ、自由に下ろせなくなった。

 尚美さんが偶然、「モラハラ」という言葉に出会ったのは、この頃だ。モラハラ、すなわちモラルハラスメントとは、精神的暴力と言われるものだ。

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シングルマザー、その後

「母子家庭」という言葉に、どんなイメージを持つだろうか。シングルマザーが子育てを終えたあとのことにまで思いを致す読者は、必ずしも多くないのではないか。本連載では、シングルマザーを経験した女性たちがたどった様々な道程を、ノンフィクションライターの黒川祥子が紹介する。彼女たちの姿から見えてくる、この国の姿とは。

プロフィール

黒川祥子

東京女子大学史学科卒業。弁護士秘書、業界紙記者を経てフリーに。主に家族や子どもの問題を中心に、取材・執筆活動を行う。2013年、『誕生日を知らない女の子 虐待~その後の子どもたち』(集英社)で、第11回開高健ノンフィクション賞受賞。他の著作に『子宮頸がんワクチン、副反応と闘う少女とその母たち』(集英社)、橘由歩の筆名で『身内の犯行』(新潮社)ほか。息子2人をもつシングルマザー。

 

 
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モラハラ夫は離婚後、調停マニアと化した

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