特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく 第10回

世界選手権フリー。羽生結弦が、すべての選手が与えてくれた「新しい幸せ」をかみしめる

高山真
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 羽生結弦が「プログラム全編がコレオシークエンスでできている」と言いたくなるほどのエッジワークを駆使しているのに対し、ネイサン・チェンは「超高難度のジャンプをきっちり決めるために、助走するべきところはしている」印象がありました。しかし、その助走もシーズン序盤にくらべて明らかに少なくなっていたように感じられました。
 加えて、ネイサンの端正なスケーティングと、現役選手の中でバレエをもっとも厳密に体に叩き込んでいるのがわかる上半身のムーブメントの融合! 「スケートだからできる動き」を、「ダンスの基礎を叩き込んだ素晴らしいダンサーが魅せる」という、ある種の理想形を見せてもらいました。ネイサン・チェン、見事な金メダルでした。
 これだけの演技をふたり連続で見せてもらえたこと。フィギュアスケートのもっとも大きな「幸せ」を、私はふたりのスケーターから受け取りました。

 帰宅して、録画しておいたフジテレビの試合中継を見返したら、解説の本田武史氏が、このふたりの戦いを、
「かつてのヤグディンとプルシェンコの戦いを思い出しました」
 と表現なさっていました。アレクセイ・ヤグディンとエフゲニー・プルシェンコが熾烈極まる王座争いを繰り広げ、そこに本田武史が果敢に挑んでいった1998~2002年は、私にとっても男子シングルの黄金時代ですが、あの時代の主役のひとりだった本田氏からこの言葉が出てきたことに心から賛同し、かつ、これを言ってくださった本田氏に感謝したいと思います。

 試合後のインタビューで羽生結弦は「負けは死と同然」という、非常に強い言葉で試合を振り返っていたことが報道されていました。しかし同時に、会場にいた私が見たのは、表彰式でネイサン・チェンがコールを受けてリンクに出て観客に挨拶をしているとき、銀メダルの表彰台から、ひときわ大きな拍手を(胸のあたりでする拍手ではなく、おでこあたりまで腕を上げての拍手を)送っていた羽生結弦の姿でした。
 もうひとつ。帰宅後に見たテレビで番組では、ネイサンの得点をバックルームで見た羽生結弦が、
「負けた~! 悔しい! カッコいい! くそー! ダメだよな、あんなんじゃ勝てないよな」
 と、ネイサンを称えつつ素直に悔しがる羽生の姿が映し出されていました。それも非常に印象的でした。

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特設エッセイ 羽生結弦は捧げていく

『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。

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プロフィール

高山真

エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。

 
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