そしてもうひとつのうれしいことは、フリーの4回転ルッツの成功です。それも本当に見事な着氷! テレビ画面に向かって思わず叫んでしまった私です。
試合で4回転ルッツを実施したのは2017年のロシア杯以来。その時よりはるかに素晴らしい実施でした。
トランジションの密度、深みにおいて、私は平昌オリンピック以降も、シーズンごとにそれを感じてきました。前シーズンから4回転ループを試合に入れてきています。そして、ここでルッツの投入。
「あのとき、あの頃」より、羽生結弦というスケーターは、さらに進化している。常に上を、前を向いている。羽生のイメージ通りにプログラムが結実したとき、どんな光を放つのか……。スケートファンとして、それを想像できることが、本当にうれしいのです。
試合直後のインタビューで松岡修造に、
「今に見とけって思ってます」
と語った羽生結弦。ただ、その表情は悔しいというよりは、松岡氏が「キラキラ」と表現したように、まぶしい笑顔を浮かべていました。
私はこれまで、羽生結弦が、特にキャリアの初期において、「世界を獲ってやる!」というアスリートの強いハートで階段をふたつもみっつも一気に飛び上がっていく様子を何度も見てきました。
2010年のジュニアの世界選手権、前シーズンと同じ曲で世界選手権を戦ったことが信じられないほどの覚醒ぶり。
2012年のシニアの世界選手権のフリー、伝説の『ロミオとジュリエット』。
そして今回のフリー、「練習でも、通しで1回やったくらい」という構成を試合で敢行し、すべてを出し尽くして演技後にリンクにうずくまった姿……。私は2013年の世界選手権のフリー『ノートルダム・ド・パリ』の演技後を思い出してしまいました。そしてあのときと決定的に違うのは、
「2013年はケガをおしての演技でギリギリまで戦った。今回は、試合直後のインタビューで『最後までケガしなかったのは大きい』と言ったように、無事に滑り切ったうえで、ギリギリまで演技した」
ということ……。そのことに対しても、安堵とうれしさがミックスされた感情を抱きました。
先ほど取り上げた、「(4回転アクセルを)やるべき時が来たなと思っています」と語った『報道ステーション』内の対談で、羽生結弦は、
「ろうそくって一番下が一番燃えるんですよ」
という言葉も残しています(注:テロップは「ろうそくって燃え尽きる間際が一番燃えるんですよ」になっていました)。
羽生結弦は、階段を一気に駆け上がっていた「あの頃」の雰囲気を再び身にまとって、競技を続けてくれている。
若くて、伸びしろしかなくて、メラメラと燃えるものを「秘める」というよりは「あふれさせていた」チャレンジャーだった、あの頃。その空気を、また見せてくれている。
それがどれほどうれしいか……。
『羽生結弦は助走をしない』に続き、羽生結弦とフィギュアスケートの世界を語り尽くす『羽生結弦は捧げていく』。本コラムでは『羽生結弦は捧げていく』でも書き切れなかったエッセイをお届けする。
プロフィール
エッセイスト。東京外国語大学外国語学部フランス語学科卒業後、出版社で編集に携わる。著書に『羽生結弦は助走をしない 誰も書かなかったフィギュアの世界』『恋愛がらみ。不器用スパイラルからの脱出法、教えちゃうわ』『愛は毒か 毒が愛か』など。