「それから」の大阪 第19回

30年前の景色を探して、大正を歩く

スズキナオ

絵の中の景色を探し歩く

 後日、私は小川さんが描いた景色の現状を見たいと思い、大阪市大正区を歩いてみることにした。小川さんにおすすめの場所を聞いたところ「大正あたりで最近一番よく行くのは『IKEA』なんです。あそこのレストランから見る海もいいです」と、意外な答えが返ってきたので、それに従い、大正区鶴町にある「IKEA鶴浜」へ向かうことにした。

 JR大正駅前から「IKEA鶴浜」行きの直通バスが出ているのでそれに乗る。およそ20分ほどバスに揺られ、巨大な店舗の前に到着。多くの買い物客で賑わう店内を歩き、レストランの窓から真っ赤な「港大橋」の姿を眺めつつ食事をした。

日本最長のトラス橋として知られる港大橋(2022年4月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 帰りはそこからJR大正駅まで歩いてみることにする。JR大正駅は、南北方向に広がる大正区の北の果てのあたりにあり、南の果ての方にある「IKEA 鶴浜」からは徒歩1時間ほどもかかる。道案内アプリを立ち上げると、途中で「千歳渡船場」から渡し船に乗るルートを薦められた。

 川の多い大阪市内には、時代の変遷で数を減らしながら現在も8つの「渡船(渡し船)」が残り、大阪市によって運営されている(ちなみに、8つある渡船のうち、7つが大正区内にある)。無料で乗船でき、また、自転車を持ち込んで川を渡れるという利便性もあって、地域の人々の生活の足として利用されている。レンタサイクルを使って大阪観光をする人たちにも人気だという。 

 千歳渡船場の鶴町側の乗り場周辺はスクラップ工場が立ち並ぶエリア。小川さんの絵にあったような中小規模な工場よりも、もっと大きな工場が目立つように感じた。

大正区鶴町付近のスクラップ工場(2022年4月撮影)

鶴町と北恩加島を結ぶ千歳渡船。ほぼ20分間隔で往復している(2022年4月撮影)

小川さんが描いたかつての「千歳渡船」。当時、上を渡る「千歳橋」は建設途中だったようだ

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 渡し船に乗れば5分もしないうちに対岸の北恩加島だ。西側を尻無川に、東側を木津川に挟まれるように広がる大正区内を西から東へ横断するように30分ほど歩いていく。

 長い歩道橋を歩いて木津川を渡り終えると、小川さんが描いていた南海電鉄の木津川駅にたどり着いた。小川さんが「写真を撮っていた頃にあった工場はほとんど衰退して無くなってしまいました」と言っていた通り、あの絵の中のような景色はなかなか見当たらなかったが、この木津川駅の駅舎だけは姿を変えずに残っていた。

大正区の西側を流れる木津川沿いの風景(2022年4月撮影)

1940年に作られた南海電鉄木津川駅の駅舎(2022年4月撮影)

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 木津川駅の乗降客数は大阪市内全体の鉄道駅でも最小レベルであり、秘境駅と呼ばれることもあると大正区に住む友人に教わったことがある。木津川沿いにはかつて貯木場があり、そこへ高野山方面から木材を運んでくる上で、この木津川駅が貨物ターミナルとしてさかんに利用されていたという。しかしそれも1960年代ごろまでのことで、1970年代初頭には貨物輸送が廃止され、以降は利用者の少ない駅となってしまった。

小川さんが描いた木津川駅の駅舎

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 撮影をしている間にちょうど電車がホームに停車し、走り去っていったが、駅の改札を出てくる人の姿はなかった。駅の周囲を見回しても誰もおらず、もちろんさまよい歩くテツの姿もない。白く塗られたコンクリート製の駅舎が、ただ静かに私の前にあるだけだった。

(つづく)

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 第18回
「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

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プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

 
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