――黒門市場近くのこの場所にお店を出されたのはいつ頃のことだったんでしょうか?
「ここに来て7年ほどになります。それ以前から黒門市場には別の形で関わっていたんやけどね。それはもう30年近く前かな」
――その頃の黒門市場はどういう雰囲気だったんですか?
「それはもう、今と全然違いますね。黒門はもともと魚屋さんが多い市場やからね。魚屋さんが80%近かったんとちゃうかな?」
――そうだったんですね。今は色々なお店があるように見えます。衣料品を扱うお店もちらほら見かけました。
「ああいうお店は珍しかったですよ。その頃、インポートもの(の衣料品)を扱うお店が一軒だけあったかな。そこは黒門の中で一世を風靡したお店でね」
――へえ、そうなんですね。
「黒門のお店のお母さん方って、みんな忙しくて服を買いに行けないでしょ? せやからみんなそこで買ってね。20万、30万する高級品もあって、それを買ったら新聞紙に包んで家に持って帰る。バレたらお父ちゃんに怒られるからね(笑)。100万円ぐらいするカシミアのセーターを着て、ゴムのエプロンして、長靴履いて魚を売ってるお店もありましたね」
――お忙しいみなさんがおしゃれをするのに便利なお店だったんですね。
「黒門の人たちはお金も持ってる、目も肥えてる、舌も肥えてる、だから黒門で商売するのは難しいんです。ちょろいことをする店はすぐ潰れる。当時は黒門ってすごいなーと思いましたよ」
――目利きの方々が支える市場だったんですね。
「もともとはそういう場所だったんです。バブルの頃になると、市場が水商売のお姉さんたちの通り道になっていてね。この近くにマンションがあって、ここから千日前の方へ抜けてお店に出るんでしょうね。暮れになると、お金持った男の人がそんなお姉さんを2、3人連れて、さっきのインポートのお店なんかで『好きなん買えー!』って(笑)。昔はそういうお客さんが多かったよね。その頃ともまた全然変わってしまったけど」
――ここしばらく週末の昼間に黒門市場を歩いてみていたんですけど、海外の旅行客も戻ってきてるみたいですね。
「そうですね。だいぶ人が増えてきたね」
――黒門市場は「大阪の台所」とか「なにわの台所」みたいに言われて、有名な市場ですもんね。
「うーん。言葉は悪いけど、その考えはもう古いんちゃうかな? 今は市場ゆう感じでもないし。台所という感じではないよね」
――なるほど、たしかにそんな気もします。この変化はここ数十年で起きてきたものなのでしょうか?
「いや、ここ10年くらいで変わってきて、特に変わったのが5年前からやね。その後にコロナが来て、辞めてしまったお店もたくさんありますよ」
――食べ歩きとかイートインのお店が増えたのも5年ぐらい前からですか?
「そうそう。昔はタコを串に刺したのを売ってるところがあったけど、今みたいではなくて、ある時に韓国から来た観光客が『こんなんしたらいいんちゃう?』って、イートインを提案してくれたんやって。で、それを言われたお店が試しにやってみたらその隣もやるようになって、広がっていったらしいわ」
――まあ、観光で来る側にとってはああいう場所で食べるのは楽しいですよね。
「そうねぇ。でも、ふらっと来て食べる?」
――いや、私にはちょっと手が出ない価格のものが多いですけど(笑)。
「カニ、6000円やもんね(笑)。海外から来る人にとっては一生に一回かもしれない旅行でしょう。一生に一回やったら払うもんね。でも、そうでない人にとってはね」
――たしかに、地元の人が利用する感じではないですよね。
「そうね。もともとは地元の人のための場所やったから。黒門市場は“男市場”といってね。魚屋さんって男の人が多いから、それで男市場って。昔は板前さんが履く下駄の音がそこら中で鳴ってすごかったって、聞いたことがありますね」
――仕入れの場というよりは、今は観光地という感じですね。
「黒門市場ってすごいブランドやと思うんよね。全国区やん。大阪に来たことなくても黒門市場って知ってるやん。そこまでのブランドをこしらえるのは大変だったと思うんよ。でもそのブランドが今は薄れてきてるかなと思う」
――これからどうなっていくでしょうね。
「海外の人がやっぱり増えていくやろうね。そういう場所になりましたね。一本東の通りにお店ができ始めてるから、そっちにも人が増えていくんちゃうかな」
――今回のコロナ禍みたいにまた何かがあってガクッと人出が減るということも……。
「まあ、でもそれはわからんからね。ここ何年のことも、イートインばっかりになって、そこにコロナがあったから人が来んくなった、というわけではないと思うねん。コロナはたまたまで、そのずっと前から(外部向けに)変わってきてたからね。時代に合わせていくのは仕方ないんやろうけど、やっぱりそれやと目先のことに振り回されるかなーと思いますね」
――黒門市場に対してこうなって欲しいと思うことはありますか?
「うーん、特にないかな(笑)。まあやっぱりここは独特やもんね。ちょっと閉じた世界ゆうかね。古いお店がだいたい今、2代目から3代目に変わりかけてるんかな。また代替わりして少しずつ変わっていくんやないかな。昔は吉本の芸人さんが市場で無茶苦茶なロケしたりして、面白かったんですよ。またそういう時代になるかもわからんし」
――これからもまたどんどん変化していくのかもしれませんね。貴重なお話、ありがとうございました。
店を出て、人もまばらな夜の黒門市場を歩いて帰る。昔ながらの市場、大阪の台所という雰囲気は、たしかに今の黒門市場からは急速に消えつつあるかもしれない。大阪で暮らし、少しは大阪を知った気になっている私もまた、ガイドブック的な見方のままでぼーっと歩いていただけなのかもしれない。
週末になれば観光客で賑わい、華やかに見えるこのエリアの裏側には、時代の変化に押し流されて消えていったものもたくさんあったに違いない。ただ街の表面を見るだけでは知り得ないことが限りなくあることを痛感しながら、アーケードの先を眺めた。
(つづく)
2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。
プロフィール
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。