「それから」の大阪 第24回

「黒門市場」というブランド

スズキナオ

 先日、久々に週末の黒門市場を歩いた。なんば・心斎橋などの一大繫華街から成るミナミエリアにある黒門市場は、縦横に延びる約580メートルのアーケードの下に多くの鮮魚店や飲食店が立ち並ぶ一角である。“大阪の台所”、“なにわの台所”というようなフレーズと共に紹介されることもあり、大阪市内でも有数の知名度を誇るスポットだ。

賑わいが戻り始めたように見える黒門市場(2022年12月撮影)

 交通の便がいいことから近年は観光地としての需要が高まっており、特に海外からの観光客が日本の市場の雰囲気を手軽に味わえる場として人気を集めてきた。敷地内には魚介類を刺身や調理した状態で提供する店が多く、あちこちで食べ歩きを楽しむことができる。また、イートインスペースを設けた店舗も多数あり、そういった場所でカニやウニなどの高級食材を味わうことも可能だ。

ウニ、アワビ、ウナギといった高級な魚介類を提供するイートイン式の店舗(2022年12月撮影)

 私自身、数年前に東京から観光に来た友人たちのリクエストに応じて黒門市場を一緒に歩いたことがあり(その際、友人は焼きホタテを買ってその場で食べていた)、観光客が敷地のそこかしこで飲食し、通りを多くの人が行き交う賑やかな光景を記憶している。

 しかし、コロナ禍となり、海外からの観光客はもちろん、国内の旅行客までも激減してしまったここ数年の間、黒門市場はひっそりと静まり返ったように見えた。実際、新聞やテレビをはじめ、多数のメディアが客足の途絶えた黒門市場の様子を取り上げ、その苦境を報じた。また、SNSでは、その苦境が、黒門市場の多くの店舗がインバウンド需要に向けて業態を変化させてきたことによって生じたものだと揶揄する声も多く見受けられた。

 黒門市場やその近くにある道頓堀あたりは、大阪市内でも有数の観光スポットだっただけに、最も激しくコロナ禍の影響を受けたエリアと言えるだろう。相変わらず新型コロナウイルスの感染者数は減ったかと思えば増えていくという動きを繰り返しており、特に2022年12月からは「第8波」と呼ばれる急増期に入っているが、なし崩し的に旅行解禁のムードが広がり始めてもいる。大阪の町を歩いていても、国内・海外からの旅行客らしき人々の姿を見かけることが多くなった。

 そんな2022年末、黒門市場はどのような雰囲気になっているだろうかと気になり、改めて週末の昼過ぎに歩いてみると、コロナ禍以前の賑わいがだいぶ戻っているように感じられた。ゆっくりとしか歩けないほど混み合う一角もあり、海外観光客の姿も明らかに増えているように見える。軒先や店の奥での飲食が可能な店にも多くの客が入っているようだ。

鮮魚店の脇に飲食用のテーブル席が出されている(2022年12月撮影)
焼きガニ、焼き海老や海鮮丼などを提供する店舗(2022年12月撮影)

 アーケード街のいたるところには「黒門市場200周年」をアピールする掲示物が見える。黒門市場の公式サイト内の「黒門市場商店街年表」には、1822年に「魚商人日本橋にて魚の売買をなす」との記述があり(『摂陽奇観』という古書にそのような記載があるという)、そこを起点に2022年を黒門市場の創立200周年と定めているようだ。

※とはいえ、黒門市場の正確な成立時期ははっきりしておらず、1902年に大阪府から公設市場としての認可を受けた。当時は「圓明寺市場」と称されていたことが明確になっている以外には諸説がある。黒門市場の名の由来は、市の近くに圓明寺の黒い門があったことだとされているが、加藤政洋『大阪のスラムと盛り場』(創元社)によると、それも定かではないという。

黒門市場では2022年を200周年と定めてキャンペーンを展開していた(2022年12月撮影)

 賑わいが戻りつつあるのを感じるとともに、シャッターが降りたままの店舗や、空き店舗を利用して設けられたと思われるPCR検査場が目につき、コロナ禍以降ゆえの大きな変化も感じられた。

市場内にはPCR検査場もできている(2022年12月撮影)

 曜日や時間帯を変えながら黒門市場を何度か散策した後、私はそこから遠くない場所にある一軒の居酒屋を訪ねた。カウンター席がメインの小さな店で、店主が一人で切り盛りしている。黒門市場の近くでその変化を長らく目にしてきたという店主は、店名を伏せることを条件にインタビューに応じてくれた。

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「それから」の大阪

2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。

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プロフィール

スズキナオ

1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。

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