私が東京から大阪に引っ越してきたのは2014年の夏だったのだが、そのずいぶん前から『IN/SECTS(インセクツ)』という名の雑誌のことは知っていた。
関西には京阪神エルマガジン社が発行する1989年創刊の『Meets Regional(ミーツリージョナル)』というタウン情報誌がある。大阪に住んでいるとあちこちの飲食店で「当店がMeetsに紹介されました!」などと貼り出してあるのを見かけるような、関西圏に広く名が通って親しまれている雑誌だ。特集の切り口がいつも面白くて、私もよく買っている。
LLCインセクツが発行する『IN/SECTS』は、それとはまた違い、カルチャーやアートやそれを取り巻く人々を軸に大阪の面白さを伝えようとするところに独自性があるように思えた。美味しいお店のデータが載っているのではなく、ちょっと変わった店の名物店主のインタビューが載っているというような。
たとえば2011年4月に発行された『IN/SECTS Vol.003』のページをぱらぱらとめくってみる。大阪発の演劇ユニット「劇団 子供鉅人」(2022年5月に惜しまれつつ解散)の団長・益山貴司氏が劇団のスタイルについて語るインタビューがあり、大阪発のバンド「neco眠る」のメンバー・BIOMAN氏が農業と音楽の関係について語るインタビューがあり、東大阪・布施にある“ストレンジミュージックショップ”こと「EGYPT RECORDS」の紹介記事や、大阪・此花区の小さなギャラリーをめぐる探訪記事がある。カレーとカルチャーの関わりを考察する特集があり、まだ1stソロアルバムをリリースして間もない星野源のインタビューも掲載されている。
ごった煮的に並んだ大小様々な記事の中から大阪(や国内)で起きつつあることがなんとなく浮かび上がってくるような内容である。個人的には初期の『QuickJapan(クイック・ジャパン)』誌にも近い雰囲気を感じていた。「大阪にはこういう面白い雑誌を作っている人がいるんだ」と、東京にいる頃から思っていた。
その『IN/SECTS』、2009年に『IN/SECTS Vol.000』と題した実質的な創刊号が刊行されて以来、不定期刊行スタイルで現在まで号数を重ね、2022年9月に最新号『IN/SECTS Vol.15』が出ている。
一読者としてこの雑誌を手に取ってきた筆者だが、最近になって、編集長を務める松村貴樹さんと初めてゆっくりお話をする機会があった。その時は他愛もない話に終始したのだが、その帰り道に、改めて『IN/SECTS』という雑誌のことや松村さんが見てきた大阪の文化的な側面についてゆっくり伺ってみたいと思った。
取材を受けてもらえることになり、『IN/SECTS』を発行する会社で松村さんが代表を務める合同会社インセクツのオフィスに向かった。
2014年から大阪に移住したライターが、「コロナ後」の大阪の町を歩き、考える。「密」だからこそ魅力的だった大阪の町は、変わってしまうのか。それとも、変わらないのか──。
プロフィール
1979年東京生まれ、大阪在住のフリーライター。WEBサイト『デイリーポータルZ』『QJWeb』『よみタイ』などを中心に執筆中。テクノバンド「チミドロ」のメンバーで、大阪・西九条のミニコミ書店「シカク」の広報担当も務める。著書に『深夜高速バスに100回ぐらい乗ってわかったこと』(スタンド・ブックス)、『酒ともやしと横になる私』(シカク出版)、パリッコとの共著に『のみタイム』(スタンド・ブックス)、『酒の穴』(シカク出版)、『椅子さえあればどこでも酒場 チェアリング入門』(ele-king books)、『“よむ”お酒』(イースト・プレス)がある。