21世紀のテクノフォビア 第1回

テクノロジーの歴史は「機械ぎらい」の歴史

速水健朗

■飛行機嫌いはなぜ起こるのか

さて、テクノフォビアを考える上で「飛行機恐怖症」は重要なサンプルになるかもしれない。機械の箱が飛ぶ。そんなわけがないだろうと思われてきた夢の技術も、ライト兄弟の実験成功から100年とさらに数年が過ぎた。飛行機恐怖症は、テクノロジーそのものへの嫌悪というよりも、個人のちょっとした苦手意識、神経症などに関わる領域の話でもある。

かつてクイーン・オブ・ソウルと呼ばれたアレサ・フランクリンは飛行機嫌いとして知られている。その兆候はキャリアの半ばの1970年頃より見えはじめ、そこから10年かけて徐々に病的恐怖に発展。1983年の2度のフライト、乱気流と暴風雨での激しい揺れを体験して以降、二度と乗らないと決意するに至った(『アレサ・フランクリン リスペクト』デイヴィッド・リッツ、新井崇嗣訳、シンコーミュージック)。かつて平気できたことが、少しずつ苦手になっていく。そして最後には、絶対に乗れなくなったというケース。フランクリンは、ツアーバスでデトロイトからロサンゼルスやニューヨークまで出かけた。バンドメンバーも同じバスでの移動だったので閉口したことだろう。事実彼女はかなりデトロイトに引きこもり、多くのキャンセルをした。彼女は高所恐怖症でもあり、自分のためのパーティーが、50階で開催されるところをエレベーターで10階までしか行かずに帰った。高所恐怖症も、テクノフォビアの一種だ。

90年代から2000年代にかけてキング・オブ・R&Bと呼ばれたR・ケリーもフランクリン同様、一度も来日したことはないのは飛行機が嫌いだから。大昔のインタビュー(『bounce』誌257号 2004年8月25日発行)で、「いま、日本行きの船を建設中なんだ(笑)。あと1年くらいでできると思うけどね。(マネージャーに)あの船、いつできるんだっけ?」と冗談をいっていた。かつて彼がプロデュースした歌手のアリーヤが飛行機事故で死んでいる。その影響という説がある。知り合いや愛する人を飛行機で失い、乗ることができないケースの飛行機恐怖症もある。R・ケリーもフランクリンと同じように、国内のツアーもすべてバスで移動していた。ただし現在、R・ケリーは30年間、移動すら禁じられている。これは別の理由によるもの(性的人身売買などの罪で有罪判決をうけている)。

オランダ人エースストライカーで、クラブチームではイギリスのアーセナルで活躍したデニス・ベルカンプも飛行機嫌いとして知られている。国内の遠征の際の多くはバスだったが、国外のカップ戦などは陸路での別行動が許可されていた。アーセナルとの契約にそれが盛り込まれていた。「飛行機に乗らなくなって、私は自由になった。それまではフライトのたびに、不安と恐怖に襲われていたんだからね。アウェーの試合に行くと、帰りのフライトが気になってプレーに集中できなかった」(『ワールドサッカーキングNo.337』2019年1月号)。”アイスマン”とも称される冷静なプレイヤーで、ラフプレーもほとんどしない。感情を抑えて行動をすることができたベルカンプも、飛行機には不安と恐怖を感じ、コントロールできなかったのだ。

個々人の乗り物嫌いに、テクノロジーそのものへの嫌悪や恐れというわけではないだろう。フランクリンの飛行機嫌いとベルカンプの飛行機嫌いでは質が違ったりもする。単に狭いところに知らない人と一緒に密室に閉じ込められるだけで嫌だというケースもあるだろう。高所恐怖症も関係する。おそらく、飛行機嫌いはさまざまな苦手意識の集合体なのだが、どこかに機械への不信の根源的な要素が飛行機嫌いには含まれている。鉄の箱が飛ぶ、テクノロジーそのものだ。

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21世紀のテクノフォビア

20年前は「ゲーム脳」、今は「スマホ脳」。これらの流行語に象徴されるように、あたらしい技術やメディアが浸透する過程では多くの批判が噴出する。あるいは生活を便利なはずの最新機器の使いづらさに、我々は日々悩まされている。 なぜ私たちは新しいテクノロジーが生まれると、それに振り回され、挙句、恐れてしまうのか。消費文化について執筆活動を続けてきたライターの速水健朗が、「テクノフォビア」=「機械ぎらい」をキーワードに、人間とテクノロジーの関係を分析する。

プロフィール

速水健朗

(はやみずけんろう)
ライター・編集者。ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会について執筆する。おもな著書に『ラーメンと愛国』(講談社現代新書)『1995年』(ちくま新書)『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』(朝日新書)などがある。

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