21世紀のテクノフォビア 第1回

テクノロジーの歴史は「機械ぎらい」の歴史

速水健朗

20年前は「ゲーム脳」、今は「スマホ脳」。これらの流行語に象徴されるように、あたらしい技術やメディアが浸透する過程では多くの批判が噴出する。あるいは生活を便利なはずの最新機器の使いづらさに、我々は日々悩まされている。 なぜ私たちは新しいテクノロジーが生まれると、それに振り回され、挙句、恐れてしまうのか。消費文化について執筆活動を続けてきたライターの速水健朗が、「テクノフォビア」=「機械ぎらい」をキーワードに、人間とテクノロジーの関係を分析する。

■我が心の内側のささやかなテクノフォビア

かつて、”冷蔵庫嫌悪(ブリゴリフォビア)”なるものが存在した。19世紀後半のパリでのこと。ブリゴリフォビアたちは青果市場に並んでいた野菜類が、人工的に冷やされて保存されたものだと知った途端に怒り出したのだ。当時の冷蔵庫はまだ電気式ですらない時代。でもそれはばりばり最新のテクノロジーだった。

20世紀におけるテレビゲーム、または21世紀のスマホに比べれば、冷蔵庫は、害悪などなさそうな優等生的に部類できそうな家電だ。AIを搭載した最新式だとしたって、冷蔵庫の連中は、人間に反旗を翻したりはしなさそうに見える。とはいえ、そんな冷蔵庫でも”ニューテクノロジー”だった時代は、路上で火あぶりにまでされている。当時の青果店の経営者は、もう冷蔵庫は使っていないということを証明するために、通りで機械を焼いて見せる必要があったたのだ。(『冷蔵と人間の歴史 古代ペルシアの地下水路から、物流革命、エアコン、人体冷凍保存まで』トム・ジャクソン、片岡夏実訳、築地書館)

1931年生まれの作家である曽野綾子は、荻上チキのラジオ番組でインターネットの話を聞かれて「私はエレキはやりません」と答えた。彼女は、インターネットから距離をとっている。そしてそれを「エレキ」と名付けたわけだ。エレキギターが「不良」のものといわれたのは、1960年代の話だが、当時のこの「レッテル貼り」にもテクノフォビアが混ざっていた。「レッテル貼り」は、用語として古い。今はラベリングの方が通じるだろう。言葉にもレガシーシステム化がある。さて、新しい理解不能な世代への拒否感が、新しいテクノロジーへの嫌悪と混ざると、「不良がエレキをやる」になり、曽野綾子はその意図を込めて、「私はエレキはやりません」といった。さすが作家だ。アナロジーを使うのが抜群にうまい。

テクノロジーや機械に過剰な恐れを感じたり、嫌悪感を抱くことを示す「テクノフォビア」なる語がある。本連載は、さまざまなテクノフォビアについての考察だ。冷蔵庫フォビアのような話は、他にいつの時代にも見つけることができそうだし、今眺める作業はおもしろい。ただそれだけがしたいわけではない。人はもっと身近な「我が心の内側のささやかなテクノフォビア」を抱えて生きている。ちょっとした手紙を書くときに、パソコンのワープロで書いてプリントアウトして、そこに署名だけ手書きで書いたりする。いまでもFAXを使う職場の人たちは、まだ「○○部△△さまへ」と宛名の部分を手書きしているだろうか。

機械だけの手紙ではそっけないから、マナー、心遣い、または、たまには文字を書かないと書き方を忘れるから。どこかテクノロジー一色になることを避けたいという心が残っている。「我が心の内側のささやかなテクノフォビア」というのはどこにでも落ちているものだ。ちなみに僕はネット通販でものを買ったときに添えられた手書きのメッセージカードが大の苦手である。手書きメッセージを、人との接点が減る中での気遣いと思うか、「可愛いお札メッセージカード50枚手書きいたします」というクラウドソーシングの代行の料金が浮かんでしまうかの違いだろう。

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21世紀のテクノフォビア

20年前は「ゲーム脳」、今は「スマホ脳」。これらの流行語に象徴されるように、あたらしい技術やメディアが浸透する過程では多くの批判が噴出する。あるいは生活を便利なはずの最新機器の使いづらさに、我々は日々悩まされている。 なぜ私たちは新しいテクノロジーが生まれると、それに振り回され、挙句、恐れてしまうのか。消費文化について執筆活動を続けてきたライターの速水健朗が、「テクノフォビア」=「機械ぎらい」をキーワードに、人間とテクノロジーの関係を分析する。

プロフィール

速水健朗

(はやみずけんろう)
ライター・編集者。ラーメンやショッピングモールなどの歴史から現代の消費社会について執筆する。おもな著書に『ラーメンと愛国』(講談社現代新書)『1995年』(ちくま新書)『東京どこに住む?』『フード左翼とフード右翼』(朝日新書)などがある。

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