ウクライナの「戦場」を歩く 第1回

お茶の間から戦地ウクライナへ

伊藤めぐみ

■チョコから始まる列車交流

列車はコンパートメント式の向かい合わせ4人がけの席だった。

「こっ、これ、プリーズ」

スーパーで買ったチョコレートを差し出しながら他の乗客に声をかけてみた。日本では完全に人見知りの私だが、「食べ物で釣る」という常套手段を使ってコミュニケーションをはかったのだ。

「釣った」つもりが、結果として「わらしべ長者」状態にしてもらった。となりの席のおじさんは食パンにチーズと生ハムを挟んでその場でサンドイッチをつくってくれた。50代の女性、イリーナさんはまだ温かいりんごパイをくれた。ここから会話が始まった。

私がスーツケースをしまうのを手伝ってくれていた青年ダニはこう言った。

「僕はロシアが侵攻してから家族と西部のリビウまで避難していたんだ。母親や姉妹はポーランドにいる。僕は1ヶ月ぶりにキーウに帰るんだよ」

リビウはポーランド国境に近く戦線から離れている。戦闘が行われているキーウ近郊や東部の人たちの避難先の一つになっていた。

ウクライナでは戦時体制の今、18歳から60歳の男性の出国が原則禁止されている。ウクライナに残ったダニは家族を代表して家の様子を見に行くというのだ。

イリーナさんは、

「夫のお母さんの様子を見に行くんです。彼女は家を離れたくないと言ってるんです。1週間くらい料理をしたりして、またリビウに戻るつもり」

そう話してくれた。

実はこのキーウ行きの列車、かなり混雑していた。2月下旬の侵攻開始から1ヶ月が過ぎ、陥落は時間の問題と言われていた首都キーウは持ちこたえていた。ロシア軍のキーウへの急な侵攻はないという見通しがたち、4月上旬にはウクライナ西部や国外に避難していた人たちが家の様子を見に帰ることが増えていたのだ。

ただキーウ近郊や南部、東部、北東部では激しい攻撃が行われていた。

列車の3人はお互いに見ず知らずのようだったが、「マリウポリ(マリウパリ)」「ミコライウ(ニコライフ)」「ハルキウ(ハリコフ)」などと各地の地名を言い、ウクライナの状況を熱心に話しているのはよくわかった。

2022年2月末時点でのロシア軍侵攻経路(デザイン:MOTHER)

彼らの会話はなかなか止まらない一方で、電車は止まったり、動いたりを繰り返していた。安全状況を考えての走行だからだ。午前10時半リビウ発で午後5時半キーウ着の予定をとうにすぎたのに、GPSが示す電車の位置はキーウから程遠い。一抹の不安を覚えた。

「あの、もし外出禁止の午後9時までに到着しなかったらどうなるの?」

今、ウクライナ各地では夜間外出禁止令が出ている。夜はロシア側のスパイがウロウロしているとされる。そのあぶり出しをするための措置でもある。

「ああ、駅で寝るんだよ」

青年ダニがこともなげに言った。

「その時間に外を歩いていたらウクライナ軍に撃たれても文句は言えないことになっているからね。あ、でも実際にそれで撃たれたという人はまだいないみたいだけどね、へへ!」

冗談っぽく言うダニに私は中途半端な愛想笑いで応えた。撃たれたくはない。

私は基本的にどこでも寝られるたちなので大丈夫なのだが、列車にいるこんな大勢の人が一体どこで寝るのか。

「駅のどこ? この車両で寝ていいの?」

「うーん、僕もよくわからないけど、この車両は使えないよ」

やはり彼は平然としている。

「ま、今は戦争だからね!」

ウクライナに来て何度も聞いた言葉だ。何かちょっとしたトラブルがあると、合言葉のように人々は言う。「ま、戦争だから!」

私は侵攻から1ヶ月経ってからウクライナに来たので、侵攻が始まったばかりの頃の人々の恐怖感を知らない。すでに人々は日常となってしまった戦争や恐怖とどうにか折り合いをつけようとしているようだった。

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第2回 
ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

 
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