ウクライナの「戦場」を歩く 第2回

ブチャの虐殺

伊藤めぐみ

2022年2月下旬、ロシアによる突然の侵攻によって「戦地」と化したウクライナ。そこでは人々はどのように暮らし、いかなることを感じ、そして何を訴えているのか。日々のニュース報道などではなかなか窺い知ることができない、戦争のリアルとは。

気鋭のジャーナリストが描き出す、いま必読の現地ルポ・第2回

 

※以下、遺体の写真がありますのでご注意ください(一部モザイクを付しております)。

 

自分の目で見ているのに、それでも映画か何かの一場面を見ているようだった。砂っぽい床にゴロンと転がされた5人の遺体。膝を折り曲げ、後ろ手に縛られている。

死人の表情から何か読み取れるだろうかと凝視したけれど、「なんで」「どうしてこんなことに」という感情のほうがこみ上げてきた。

■政府主催のメディア・ツアー

「キーウ近くのブチャという町に死体が散乱しているらしいです。現場に行くなら早いうちのほうがいいと思います」

同行者の八(や)尋()(ひろ)さんが見せてくれたのは路上に遺体が何体も横たわっている映像だった。撮影された町ブチャは、ロシア軍の占領から解放されたばかりだった。解放後に入ったウクライナ軍の兵士が撮影したと思われるもので、ネット上に公開されていた。

筆者がブチャにて撮影。4月4日の段階でも遺体がスーパーや住宅地の近くに残されていた

この頃、ウクライナ情勢は大きく変化していた。首都キーウ陥落を当初から目指していたロシア軍だったが想定外の苦戦が続き、3月の下旬から4月上旬にかけてキーウ近郊から撤退し、東部の戦線に集中すると発表したのだ。撤退に伴い、それまで「謎」だったロシア軍占領地域での様子が次々と明らかになり始めていた。

ブチャはキーウから車で30分ほどの街。人口3万7千人で、昔からの住民もいるが、キーウのベッドタウンとして新しいマンション群も建ち並ぶ、古さと新しさの混ざった場所だ。

私たちがブチャに入れたのは解放から4日後の4月4日だった。

ブチャの町並み。破壊された区画もある一方、無傷で残っている地域も多い。4月9日に筆者が撮影

「人間として行動してください! ジャーナリストとしてではなく!」

内務省の担当官、アントン・ゲラシチェンコ氏が互いを押しのけ合う報道陣を前に叫んでいた。

私たちは最初は単独で、コネのあるウクライナ人や他のジャーナリスト仲間とブチャ入りをした。そして途中で偶然ウクライナ政府が主催する「メディア・ツアー」なるものに出くわした。

ブチャでは住民やジャーナリストの立ち入りは禁止、あるいは制限されていた。ロシア軍が残した地雷の撤去が終わっておらず危険があり、それから遺体の回収を行う必要があったためだ。

かわりに行き先は決められているものの、単独では取材できない場所も訪れることができる「政府主催のメディア・ツアー」が幅広いマスコミを対象に行われていた。これは「見せたいものを見せる」という側面がある場合もあるので、「取り扱い注意」ではある。

しかし行けるものはとりあえず行くのも一つの手だ。内務省の担当官に、

「君はフランス、それから君は、中国? あ、日本のメディアだね。私たちと一緒に来たらいいよ!」

と、誘われてついていくことにした。

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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ブチャの虐殺