ウクライナの「戦場」を歩く 第1回

お茶の間から戦地ウクライナへ

伊藤めぐみ

2022年2月下旬、ロシアによる突然の侵攻によって「戦地」と化したウクライナ。そこでは人々はどのように暮らし、いかなることを感じ、そして何を訴えているのか。日々のニュース報道などではなかなか窺い知ることができない、戦争のリアルとは。

気鋭のジャーナリストが描き出す、いま必読の現地ルポ

 

■ワイドショーで見るウクライナ

ウクライナ西部のリビウから、首都キーウまでの車窓はメルヘンチックだった。葉が落ちた大きな木に、直径1メートルはありそうな丸い葉っぱのかたまりが「毛糸のポンポン」のようにいくつもくっついていた。ヤドリギが他の木に寄生しているのだ。見た目にはとてもかわいらしく、戦闘地域と近い首都キーウに入ることに少し緊張していた私だが、この光景に少し和む。

ウクライナでよく見かけるヤドリギ。4月10日に筆者が撮影

ウクライナに来る前の私はまさにこの「ヤドリギ生活」をしていた。

テレビ・ドキュメンタリーの制作会社で7年働き、その後、フリーランスのライターとして中東のイラクやレバノンに2年半ほど暮らし、イスラム国やシーア派民兵などについて取材していた。

私が取材対象としていた彼らは過激派とされる「嫌われ者」だ。時に海外のニュースでは「悪」とされる側だが、わずかながらも、あるいはある程度の支持が庶民からはある。その理由を知りたいと思って話を聞いていた。

取材して感じたのは、私の感覚とは異なるロジックで生きている人たちがいるということと、政府への不満や経済問題など、私にもわかりそうな意外にシンプルな背景もあるということだった。

と、たいそうなことをしていたように書いてしまったが、実際に私がしていたのは貯金を切り崩しながら現地の友達と遊ぶプータロー生活。

昨年の夏に帰国し、イラクとレバノンでのことを文章にしようと、実家のある三重に「帰省」して「寄生」していたが、そんなさなかにウクライナでの戦争が始まった。

定年退職した父親とちゃぶ台で昼ごはんを食べながら、私はテレビのワイドショーに釘付けだった。なんでこんな風に戦争が始まるのだろう。殺されるかもしれない人たちのことを考えてものすごく心が揺れた。

不思議なのはウクライナのことをよく知らない自分が、取材経験のある中東での戦争よりも、ドキドキしながらワイドショーを見ていたことだ。メディアで大きく取り上げられるウクライナ情勢によりリアリティーと危機感を覚えてしまったのだ。

私の中東への思いはそれくらいのものだったのかと自分に失望しつつ、日本の中で高まるウクライナへの関心にメディアの力の大きさを改めて感じた。

実際に戦争が始まってから出発するまでに1ヶ月かかった。ウクライナのことは何も知らなかったし、やっぱり怖かったからだ。でも、戦争というものをこれまで遠巻きながら取材してきたものとして、今、始まった戦争をしっかり見ておきたいという気持ちが上回った。

何を取材するかはまだぼんやりとしていたが、ロシア政府が自分たちの守るべき対象としてあげた「ウクライナ国内のロシア語話者」の存在は気になった。

言ってみればロシアの侵攻に抗う人の気持ちはまだ理解しやすい。でも、ウクライナ国内のロシアに親近感があるかもしれない人たちという微妙な存在が気になる。「悪」とされる側に何らかの関係がある人たちだ。思えば中東でもそういう境界にいそうな人たちを取材していた。

3月25日にモルドバからウクライナに入国した。南部オデーサに4日間、それから西部リビウにも3日間滞在した話はおいおいするとして、4月1日、私はキーウ行きの列車に乗ったのだ。

西部中央リビウ駅から出発する列車。4月1日に筆者が撮影

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第2回  
ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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お茶の間から戦地ウクライナへ