ウクライナの「戦場」を歩く 第11回

ウクライナの人々の避けられない変化

根づき始めた「憎しみ」と出口のない「疲弊」
伊藤めぐみ

避難移送の任務とは

もう一人、支援活動を続けてきたウクライナ人のロマ(24)はソフィアとは少し違った見方をしていた。

Zoomでのインタビューに答えるロマ

2022年にロシア軍による侵攻が開始された時、ロマは、キーウ州西部に住んでいた。彼は侵攻開始から数ヶ月経つ頃から、前線近くの村に赴き、住民を安全な場所まで避難させる任務を行なってきた。

対象となるのは主に、「自主的に避難しなかった人たち」や怪我人や病人など、移動が容易ではない人である。ロマは時に、避難を望まない人たちを説得しなければならなかったという。

「強制はしないよ。でも、自分にとっては人命が何より大事だからね」

ロシアとも地理的に近い東部では、ロシアに対する親近感を持つ人もいる。またどちらの政権を支持するというわけではなく、とにかく住み慣れた家を離れたくないと残り続ける人もいた。戦闘が激化していく中で、救助には危険が伴う。

「村まで迎えに行って、辿り着いたら夜になっていて、僕たちも砲撃の中で一晩過ごしたこともあったよ」

狙われた救急車?

2023年2月に、激戦の地バフムトにロマはいた。

「私も『ミス』をしたんだけれども……」

バフムトはウクライナ軍と、民間軍事会社ワグネルも加わったロシア軍との間で激しい戦闘が長期に渡って行われた地だ。兵士の死者も多数出ている。

「バフムトで任務にあたっていたある時、海兵隊出身で医療活動をするアメリカ人のグループと知り合った。彼らは重症者を含めて2人の患者を車に乗せていた。安全上、2台の車で行動するのはよいことだから、彼らと一緒に行動することにしたんだ」

そのアメリカ人、ピート・リードは、アフガニスタンに従軍した経験のある人物で、2016年にイラクでイラク軍とイスラム国の戦闘が行われていた際には、前線近くに野戦病院をつくり一般市民への治療を行っていた。名前も知られ、経験豊富な人でもある。

「でも、あの時、ピートも含めてどこかヒーロー・モード(ヒーローの気分)になっていたのかもしれないって思うんだ」

その後、想定外の事態が起きていく。ロマとピートたちの車に、ノルウェー人一行の車が加わった。彼らは救急車を緑の迷彩柄のように塗装していた。その後、さらにジャーナリストの一団が追いかけてきて加わった。

ロマは嫌な予感がしていたという。しかし、移送を必要とする新たな負傷者のいる場所に向かった。

目的地に車を停めると、知り合いの地元のボランティアも来て車を停めた。車は合計5台になっていた。

「その1分後だった。ロシア軍の対戦車誘導弾が直撃したんだ。立て続けに2発目が来た」

アメリカ人のピートは死んだ。車は燃え、ウクライナ人のボランティアやアメリカ人の看護師も怪我を負った。ロマ自身も顔、首、腹部に傷を負った。ピートの死は欧米のメディアでは広く報道されている。

彼は自分たちの行動を冷静に振り返った。

「しばらくしてから、なぜこんなことが起きたのか分析しようとした。最初は悲劇だと思いたかった。自分たちの判断の誤りが原因で起きたのだと思いたくなかった。自分たちのミスに気づくよりもバカでいるほうがいいから」

ロマは、複数の車が一箇所に集まり、標的となりやすい軍関係と間違われる車や格好の人たちがいたことが原因で狙われたのだと考えていた。

当時の状況がビデオに残されており、報道によって検証も行われている。ビデオからは白いバンの外にいるピートを含めた集団にミサイルが向かう様子が映っている。

ロシア軍から軍事標的だとみなされていたかどうかはわからない。医療従事者だとわかった上で、あえて狙った可能性もある。

それでも、ロマは自責の念で苦しんでいるようだった。大きな責任を負うと決めたからこそ、判断も難しくなる。彼らはリスクも損害も含めて、すべてを自分たちで背負っている。

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 第10回
ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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