ウクライナの「戦場」を歩く 第11回

ウクライナの人々の避けられない変化

根づき始めた「憎しみ」と出口のない「疲弊」
伊藤めぐみ

ウクライナの今後をどうすべきか

「停戦のために、領土を諦めるべき」という議論について尋ねた。

キーウ国際社会学研究所(KIIS)の調査では、「平和と独立をできるだけ早く手にいれるために領土の一部を諦めることもありうる」と考える人の割合が増えているという結果が出ている。多数派は「諦めるべきではない」と考えているものの、2023年12月には19%が「諦めるべき」と考えており、1年前の8%を上回っている。

学生のボランティア・グループを運営するソフィアはこの「諦める」という考えに反対だ。

「たくさんの人たちが死んで、血が流れて、兵士たちが失われた。ここで諦めたら、私たちの子どもの世代まで戦わなければならなくなる」

ウクライナが死者を減らし、戦争を止めるために何ができるかと尋ねると、悲しそうに答えた。

「もう戦争を止めるためにすべてやり尽くしていると思う。戦って、死ぬ人もいて、お金も使って、ボランティアもしている。あとは西欧諸国がどうするかにかかっている。ロシアとは政治的交渉をしても無駄。欧米から武器を得て勝つことでしか戦争は止められない」

リビウの街中(2022年5月)

ロマは避難活動を行う仲間たちと交わした会話を教えてくれた。

「ある時、ルハンシク(ルガンスク)出身の救急医療隊員が言ったんだ。『いつまで私たちは戦わないといけないんだろう』って」

救急隊員の問いとも意見ともとれる言葉がロマに深く刺さった。

「私は侵攻が始まった当初は、ウクライナが勝つと思っていた。その時にルハンシクの彼の発言を聞いていたら『ロシア側の協力者じゃないか』と疑っていたはず」

降伏を求めるかのように聞こえる発言は、ロシアを利するととらえられかねない。しかし、時とともにロマの感じ方は変わり始めていた。

「今は戦争の終わり方が私にもわからない。イメージできない。勝てるかどうかもわからない。ルハンシクの彼のような『いつまで戦えばいいのか』という感じ方は少数派だよ。でも尊重しないといけないと思うようになった」

その言葉の延長線上には目にしてきた被害と死がある。ロマも病院や前線近くの村で怪我人、死者を見てきた。

「私は戦争の代償を見てきたんだ」

戦争をできるだけ早く終わらせるために、国際社会から何を求めるか尋ねた。武器支援、プーチンの退陣、政治交渉を例に挙げて尋ねると、

「その3つともどれも違うと思う。でも何が必要なのか自分にもわからない」

悲しそうにロマは笑って答えた。

「自分はロシアに対する復讐や憎しみの感情はない。ただJustice(正義、公正さ)がほしい」

死者をこれ以上出さないための事態を動かせる一手は、誰が何として持つのか。

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 第10回
ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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