ウクライナの「戦場」を歩く 第11回

ウクライナの人々の避けられない変化

根づき始めた「憎しみ」と出口のない「疲弊」
伊藤めぐみ

恐れずに「ロシア人は酷い」と言える

2年前に初めて会った時、彼女は絵日記を書いていた。

「気持ちを落ち着かせるためにね」

ある日の日記には、地下シェルターの壁のひび割れの絵があった。避難しながら描いていたという。別の日のページには、ウクライナの象徴でもあるコサックのキャラクターを切り抜いたお菓子のパッケージを貼ったり、ミサイルの軌道を表現するため斜めにページを破いたりもしていた。地下シェルターに避難していた時間を分刻みで記したページもあった。

ある日の日記には詩が書かれていた。

地獄から35日目
食べ物が喉を通るようになった
私の避難バッグは不安とチョコでいっぱい
おかしくなりそう
嫌なものが見える
爪の白い三日月部分がどんどん消えていく
チョコの食べ過ぎで腕にぶつぶつができた
赤い痕が見える
私は不安の赤と白の痕を見る
髪を梳かして頭をかく
不安になる
マニュキアが剥げていく
押しつぶされそうで爪が小さくなっていく
爪を噛んでしまう
手が戦っている

不安な気持ちを繊細な感覚で表現していた。そんなソフィアは、2年前の春、自分の戸惑う気持ちをこう話していた。

「戦争が始まった時は、悪いのはロシア政府で、ロシア人は犠牲者だと思っていた。でも、世論調査で80%のロシア人がプーチンを支持していると知った。ブチャの虐殺もあった(筆者注:第2回参照)。数ヶ月経った今は、ロシア人はやっぱり酷いと思うようになった。だけど、私は自分のこういう考え方の変化がいいことなのかわからない」

今回の取材で、改めて2年前の発言について尋ねると、「そんなこと言っていたんだ」と考え込みながら答えた。

「今は気持ちを変えることを恐れない。彼らは酷い。プーチンが死んでも、ロシア軍は変わらないと確信している。彼らは殺人者。一般のロシア人も殺人を支持している。私はロシア人のことをまったく理解できない」

彼女は自分の変化をはっきりと肯定するようになっていた。

ソフィアの絵日記。左は防空シェルターにいた時間、右は壁のひび割れ
迷彩ネットを作るソフィア(ソフィア提供)
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 第10回
ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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