ウクライナの「戦場」を歩く 第10回

メディアスクラムとアゾフスターリ製鉄所

伊藤めぐみ

2022年2月下旬、ロシアによる突然の侵攻によって「戦地」と化したウクライナ。そこでは人々はどのように暮らし、いかなることを感じ、そして何を訴えているのか。日々のニュース報道などではなかなか窺い知ることができない、戦争のリアルとは

気鋭のジャーナリストが描き出す、いま必読の現地ルポ・第9回。
 

■アゾフスターリ製鉄所とは

ザポリージャに5日間滞在し、様々な人たちの証言を聞いた後、私たちは一旦キーウに戻った。しかしそこで2日過ごした後、息つく間もなく再びザポリージャに向かっていた。

なぜか。

マリウポリにあるアゾフスターリ製鉄所から避難民が初めて解放されたというニュースが、5月1日の夕方に飛び込んできたからだ。

マリウポリ陥落を狙うロシア軍を前に、アゾフスターリはウクライナ側の最後の砦となっていた。製鉄所は11平方キロメートル(東京ドーム235個分)ほどの広さのある敷地に建つ巨大な施設。地下シェルターにマリウポリの民間人と兵士が避難し、抵抗を続けていた。

製鉄所の地下シェルターの状況は深刻だと伝えられていた。ロシア軍は兵糧攻めを行い、数ヶ月の地下暮らしで避難する人たちの食料や水は底を突きかけ、負傷した兵士も多くいるという。

アゾフスターリには3千人とも言われる人たちがいた。

国連はロシア軍に対して、民間人を避難させるために人道回廊を設置するように働きかけていたが、ウクライナ側によるとロシア側の妨害があり実現していなかった。

避難が困難な理由の一つは、アゾフ連隊と呼ばれる軍隊がいたからだ。

アゾフ連隊は、もとは民兵組織だったが、現在は正規軍(内務省軍部隊)の一部となっている。ロシア政府は、アゾフ連隊はネオナチだと主張してウクライナが民族迫害を行っている例の一つに挙げていた。

今はそのような要素はないとウクライナ側は主張していたが、ロシア側はアゾフ連隊をネオナチとみなし続けた。今回ようやく国連や赤十字などの仲介のもと、アゾフスターリからアゾフ連隊に属さない女性や子どもを中心とした民間人の避難が初めて行われることになったのだ。

アゾフスターリでは何が起きているのか。私たちは解放された人たちから話を聞くために、ザポリージャに戻ることにしたというのが一連の経緯だ。

ただ今回の取材がこれまでと違うのは、フィクサーのアンドリが同行していないことだった。

これまでの取材では八尋さんの人脈でテレビ局に映像を売ることができていた。お金の面ではこの報酬にかなり助けられていた。

しかしこの時期には、普段は紛争地まであまり来ない日本のテレビ局のクルーがウクライナまで来るようになっていた。これはとてもいいことだが、同時にフリーランスの映像をよっぽどの「特ダネ」でない限り買う必要がなくなることを意味する。

実のところザポリージャでの取材映像はテレビ局に売ることができなかった。

ということで少しでもお金を節約すべく、アンドリに「ごめん!」と言って、必要な時だけ現地で通訳を雇うことにし、夜行列車で取材に行くことにしたのだ。

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ウクライナの「戦場」を歩く

ロシアによる侵攻で「戦地」と化したウクライナでは何が起こっているのか。 人々はどう暮らし、何を感じ、そしていかなることを訴えているのか。 気鋭のジャーナリストによる現地ルポ。

プロフィール

伊藤めぐみ

1985年三重県出身。2011年東京大学大学院修士課程修了。テレビ番組制作会社に入社し、テレビ・ドキュメンタリーの制作を行う。2013年にドキュメンタリー映画『ファルージャ ~イラク戦争 日本人人質事件…そして~』を監督。同作により第一回山本美香記念国際ジャーナリスト賞、第十四回石橋湛山記念早稲田ジャーナリズム大賞奨励賞を受賞。その他、ベトナム戦争や人道支援における物流などについてのドキュメンタリーをNHKや民放などでも制作。2018年には『命の巨大倉庫』でATP奨励賞受賞。現在、フリーランス。イラク・クルド人自治区クルディスタン・ハウレル大学大学院修士課程への留学経験がある。

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メディアスクラムとアゾフスターリ製鉄所