WHO I AM パラリンピアンたちの肖像 第2回

エリー・コールとの出会い

生粋のアスリートが撮るパラスイマー
木村元彦

(C)Paralympic Documentary Series WHO I AM

次々に舞い込む大御所ディレクターたちの依頼

 エリーは16歳で2008年の北京大会に出場して3つのメダルを手に入れ、続くロンドン大会ではついに頂点に立ち、金メダルを4個獲得した後、一度水泳を離れていた。実はこのグラスゴーの大会は様々な葛藤の後に復帰を決めた最初の国際大会で、そこで世界新記録を予選、決勝と連発していた。しかし、太田と泉はそんな実績や経緯を知るよりも先に彼女のキャラクターに惹かれ、ぜひ彼女を描きたいと意見が一致した。

 パラリンピックの水泳は、身体機能障がい、視覚障がい、知的障がいの3つのカテゴリーに分けられており、その重度によってS1~S10(身体機能)S11~S13(視覚)、S14(知的)というクラス制が敷かれている。数字が低い方が障がいが重く、右脚を切断しているエリーはこの中でS9(S9-3、片大腿切断)に属する。このクラス分けについては、細かく吟味されたクラシフィケーションの分厚い規約書があり、それに基づいている。一概に同じ個所に障がいがあるということではなく、例えばS5や6のクラスでは、片麻痺の選手、四肢欠損の選手、そして低身長症の選手が混在して出場していたりする。しかし、いざレースになるとほぼ同等に競い合う展開になり、観戦する度に太田はよくできていると感心していた。IPCが出している公式規約書には、身長と腕や足の長さ、欠損している部分には元々あるであろう長さなどが、計算されて書いてあり、極めて細かく全種目のクラス分けがある。

 しかし、撮影においてクラス分けのルール問題の話に入り込んでしまうと、確かに興味深くはあるが、エリーが主語ではなくなってしまうので、そこは深堀りをしないと決めた。あくまでも描くのは人間という考えにブレは無かった。

 太田はエリーを主役に決めると、すぐにウッドオフィスのディレクター・白井景子にオファーを出した。「WHO I AM」を立ち上げる段階から、「力になって欲しい」と頼んでいた白井には元々大きな信頼を寄せていたが、「エリーはぜひ白井さんに撮って欲しいと思ったんです。白井さんはスポーツのドキュメンタリーにおいても『もっと競技を撮れよ』というくらい、選手の家族を撮るんです。アスリートにおける背景をしっかりと見るという、そういう暖かい目線の持ち主で、それがエリーには合うと思えたんです」

 他には大御所の男性ディレクターたちからも「そういう企画なら任せて欲しい」というラブコールが入ったが、丁寧に断った。白井に依頼するにあたって、太田は一つだけ念を押して指示した。「パラリンピアンたちの障がいの話にフォーカスするつもりはない。それから、対ライバルという相対的な勝ち負けの物語ではなく、エリーがどうして強いのか、アスリートとしてどこが凄いのか、それをきっちりと調べて描いて欲しい」というものであった。

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WHO I AM パラリンピアンたちの肖像

内戦で足を失った選手、宗教上の制約で女性が活躍できない国に生まれたアスリート……。パラリンピアンには、時に五輪選手以上の背景やドラマがある。共通するのは、五輪の商業主義や障害者スポーツに在りがちなお涙頂戴を超えた、アスリートとしての矜持だ。彼らの強烈な個性に迫ったWOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。番組では描き切れなかった舞台裏に、ノンフィクション執筆陣が迫る。

関連書籍

橋を架ける者たち 在日サッカー選手の群像

プロフィール

木村元彦
1962年愛知県生まれ。中央大学文学部卒業。ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト。東欧やアジアの民族問題を中心に取材、執筆活動を続ける。著書に『橋を架ける者たち』『終わらぬ民族浄化』(集英社新書)『オシムの言葉』(2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞作品)、『争うは本意ならねど』(集英社インターナショナル、2012年度日本サッカー本大賞)等。新刊は『コソボ 苦闘する親米国家』(集英社インターナショナル)。
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