対談

コロナ禍で激変した世界秩序はどこへ向かうのか

東アジアから未来を遠望する【後編】
内田樹×姜尚中

嫌韓が残って嫌中が減っている理由

 ちなみに、『街場の日韓論』に続けて『街場の日中論』をお書きになる予定はないんでしょうか。

内田 前に『街場の中国論』という本を書いていますので、来年あたりにその新たな増補版を出そうかなと考えているんです。

思想家・内田樹氏(撮影:三好妙心)

 それは楽しみですね。内田さんから見て、日本は中国との関係をどうすれば良いと思いますか?

内田 もし仮に僕が中国政府の人間で、対日工作をどういう風に進めたらいいかレポートを書く係だったら(笑)、医療支援カードを使って、自民党を抱き込むというプランを提案しますね。もうすでに医療支援については、自民党のどこかの派閥と「瀬踏み」的なやりとりは行われているんじゃないかと思いますけれども。

 なるほど(笑)。

内田 今、国際社会でアメリカの相対的な地位が低下して、西太平洋地区の地政学的環境が不安定になっている。そうなると、先方からの情報を取るにせよ、自分たちの要求を伝えるにせよ、日本政府部内に対中国のチャンネルが必要だというのは、誰だってわかっていると思いますよ。

その場合のチャンネル作りには、医療支援は持ってこいですよ。仮に中国が世界に先駆けてワクチンを開発したとなった場合、中国と交渉してワクチンを日本に供給してもらうという話をまとめた政治家は、いわば「国難を救った人」になるわけですよ。

 それはもうヒーローになれますよね(笑)。

内田 医療支援の窓口になった政治家は、それから後「中国と色々と交渉事があるんだったら、まず俺を通してくれよ」ということになる。そうなると、その政治家が政局の中心人物になってゆく可能性が高い。だから今、自民党の中では、「誰が中国とのチャンネルをつくるのか」かなりせめぎ合いがあるんじゃないでしょうか。野党の方は誰もそんなことは思ってもいないみたいですが。

 なるほど(笑)。

内田 嫌韓言説は今も繁盛してますけれど、ある時期から嫌中言説は一気に縮小しましたでしょう。これは別にメディアが反省したわけじゃなくて、おそらく日本政府筋から「対中国はこれから色々大事な交渉があるのだから、しばらく対中批判は自制してくれ」という要求がメディア向けにあったからだと僕は思います。それに耳を貸さない人たちはまだ嫌中話をやっていますけれど、大手メディアはもう中国批判を手控えて、韓国批判に絞り込んでいますよね。

香港の民主派弾圧についても、本当だったら日本はきちんと抗議しないといけないのに、形式的な批判でお茶を濁しているでしょう? 嫌中の流れから行けば「香港の民主派を守れ」というキャンペーンが展開されるはずなんだけれど、「香港を守れ」という声は右派メディアからは聞こえてこない。それは中国から「香港のことについてはよけいなコメントをするな」というお達しが日本政府にあって、それがメディアに伝達されているからだと思います。

 今おっしゃったことは、韓国にも当てはまって、韓国も対中批判をかなり抑制しているんです。

韓国はアメリカとの同盟関係を維持しつつ、二律背反的に中国への経済依存を深めていますが、一番大きい要素は北朝鮮問題だと思いますね。

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プロフィール

内田樹×姜尚中

 

内田樹(うちだ たつる)

1950年東京都生まれ。思想家・武道家。東京大学文学部仏文科卒業。専門はフランス現代思想。神戸女学院大学名誉教授、京都精華大学客員教授、合気道凱風館館長。著書に『寝ながら学べる構造主義』(文春新書)『日本辺境論』(新潮新書)『街場の天皇論』(東洋経済新報社)など。共著に『世界「最終」戦争論  近代の終焉を超えて』『アジア辺境論  これが日本の生きる道』(いずれも集英社新書・姜尚中氏との共著)等多数。

 

姜尚中(カン サンジュン)

1950年熊本県生まれ。政治学者。東京大学名誉教授。熊本県立劇場館長・鎮西学院学院長。専門は政治学政治思想史。著書は累計100万部を突破したベストセラー『悩む力』をはじめ、『続・悩む力』『心の力』『悪の力』『母の教え  10年後の「悩む力」』(いずれも集英社新書)など多数。小説作品に『母ーオモニ』『心』がある。

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