著者インタビュー

歴史の教訓に学ぶ「新型コロナウイルス」への向き合い方

『歴史とは靴である』著者・磯田道史氏インタビュー
磯田道史

4.スペイン・インフルエンザの教訓

広坂 日本人は残念ながら、スペイン・インフルエンザの歴史から十分に学べていなかったということかもしれませんね。

磯田 「嫌なことは忘れたい」「もう嵐は過ぎ去ったんだ」と思いたい時の行動こそが怖い。今回の新型コロナウイルス感染症の流行も、「夏までには終わるだろう」と考えている人も多いと思います。けれども、はたしてそれが正しいかどうかはわからない。

スペイン・インフルエンザの時には何回かの波がやって来た、しかも若い人を倒してしまうほど強毒化して、翌年の冬に戻ってきたというのが、「前回」の超巨大パンデミックの歴史的教訓です。若者でも、決して油断はできません。今回の新型コロナが、必ずそうなるというわけではありませんが、三つの可能性を考えておかないといけない。

一つは、ウイルスは宿主が死んでしまうと、ウイルスも滅ぶ。次第に人と共存して弱毒化する可能性です。もう一つは、スペイン風邪がそうでしたが、人の体内に侵入しやすく、体内で長く暴れられるものが、次の感染を起こしやすいので、感染拡大のなかで変異しながら、第二波・第三波と強毒化する可能性です。後者だと、まことに厄介です。三つは、今のまま、しばらく毒性は変わらない可能性です。

広坂 一度消えたように見えても、忘れたころにまたやってくるというのがスペイン・インフルエンザの教訓だとしたら、今回の新型コロナウイルスに対して、私たちはどうすればよいのでしょう。

磯田 速水先生の研究は『日本を襲ったスペイン・インフルエンザ――人類とウイルスの第一次世界戦争』(藤原書店)としてまとめられています。また、『強毒性新型インフルエンザの脅威』(藤原書店)という本のなかで、立川昭二氏と対談し、先生は歴史の教訓として「政府や行政は正確な情報を提供すること、国民は隔離・閉鎖といった自由の制限を受け入れる必要がある」ということを言っています。私もその通りだと思います。

同書からわかるのは、「密集」と「移動」が感染を急速に広げるということです。船の中では感染が広がることを抑えるのは非常に難しく、乗客を下ろした場合には、ゾーニングをきちんと管理しないと地上に一気に広まることもわかります。

例えば、オーストラリアにスペイン・インフルエンザが広まった時の話です。船を二週間封鎖したんですが、我慢できなくなって上陸してしまった人がいて、それが引き金になってオーストラリア中に広がったという出来事があります。きわめて学ぶことの多い事例だと思います。

日本では、台湾で巡業中のお相撲さんがかかり、また著名な演劇人の島村抱月(しまむらほうげつ)が亡くなる、ということがあったのに、相撲や演劇の興行はほとんど止められなかった。それで、力士も次々にインフルエンザにかかって休場しながら、なお興行が続けられた。これが100年前の史実です。

今回、大相撲春場所(3月・大阪)は無観客開催となりました。ここには歴史の教訓が活かされましたが、それでも、力士の勝武士さんが亡くなってしまいました。「しょっきり」という、コントに似た楽しい相撲技解説で知られた人なつっこい力士さんでした。私の家族は、何度か会話して、一緒に写真を撮ってもらったこともありました。本当に、悲しい。

やはり、我々は、感染の波が何度来ようとも、工夫して、感染速度を遅らせて、治療法の確立だとか「ワクチンによる集団免疫」の獲得まで、なんとか時間をかせがなくてはいけない。それには、「密集」と「移動」の回避は、どうしても避けられないと言えます。

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プロフィール

磯田道史

歴史学者。1970年岡山県生まれ。国際日本文化研究センター准教授。慶應義塾大学大学院文学研究科博士課程修了。茨城大学准教授、静岡文化芸術大学教授を経て、2016年より現職。著書は、『近世大名家臣団の社会構造』(文春学藝ライブラリー)、新潮ドキュメント賞受賞の『武士の家計簿』(新潮新書)、日本エッセイスト・クラブ賞受賞の『天災から日本史を読みなおす』(中公新書)、映画『殿、利息でござる』の原作となった『無私の日本人』(文春文庫)、新書大賞2018で第9位入賞となった『日本史の内幕』(中公新書)、『歴史とは靴である――17歳の特別教室』(講談社)、『感染症の日本史』(文春新書)など。

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