―─修士課程を終えると、千葉県の公立中学に着任されます。「どうして日本で教師に?」という質問は多かったのではないでしょうか。
鈴木 会う人会う人に同じことを聞かれましたよ(笑)。勤務していた公立中学の同僚にまで質問されたことがあります。でも、この問いにこそ日本の教育問題が凝縮されていると思いませんか?
要するに、「どうしてアメリカで大学院にまで行って、英語が流暢に喋れるのに、わざわざ日本で教員になったんだ。他にもっと良い仕事があるじゃないか」ということだと思うんです。
その問いの背景には、「もったいない」っていう気持ちがあるわけですよね。「どうして教員なんかに」というように、教員を下に見るような風潮が残念ながら今の日本にはあります。その質問を受ける度に痛感したのは、日本の教員の社会的地位を上げないことには日本の教育改革はあり得ないということでした。
―─ その一方で、教育先進国として有名なフィンランドでは、教師というのは子どもたちの憧れで、最もなりたい職業だと言われています。
鈴木 そうそう。フィンランドでは高校生の人気ナンバーワン職業は教員だというんですよね。それは本当に健全な社会だと思いますよ。かつてクライスラーを立て直した伝説的な経営者リー・アイアコッカという人物が、こんな言葉を残しています。
「真に理性的な社会では、最も優秀な人間が教員になって、他の人間はその他の職業で我慢するしかない」
鈴木 まったくその通りだと思いますよ。もし社会に理性があるのだったら、最も優秀な人間に、次世代の教育を委ねるでしょう。でも、「なんで教員になったの?」という問いが生まれてしまうというのは、その真逆の方向性ですよね。そんな日本の状況を変えたいと思いました。
―ーその後再び、アメリカの大学院の博士課程に留学されます。
鈴木 6年半の間、公立中学で教員をやりつつ、一方では「どうして日本では教育改革が進まないんだろう」と幾度となく思い、アメリカの大胆な教育改革に憧れて再渡米をしました。そしてコロンビア大学教育大学院の博士課程に入ります。
でも実際にアメリカの教育改革について勉強し始めると、逆にその闇の部分が見えて来たんです。市場原理を用いて行われる大規模な学校閉鎖、小中学校の序列化、塾のような公設民営学校の登場、教員の一斉解雇、たらい回しにされる子どもたち、格差拡大の社会的装置となってしまったアメリカの学校システムを目の当たりにして、「公」とは、「教育」とは何なのかを考えさせられました。
そして、研究の成果として2016年に『崩壊するアメリカの公教育:日本への警告』という初めての著作を刊行したのですが、その出版のタイミングで帰国することを考えていました。この本は、「いまアメリカは大変だぞ、いずれは日本にもその波が押し寄せてくるぞ」という危機感をまとめたものです。講演などを通して、それを一刻も早く日本で発信していきたいと思っていました。
プロフィール
教育研究者。1973年神奈川県生まれ。16歳で米ニューハンプシャー州の全寮制高校に留学。そこでの教育に衝撃を受け、日本の教育改革を志す。97年コールゲート大学教育学部卒(成績優秀者)、99年スタンフォード大学教育大学院修了(教育学修士)。その後日本に帰国し、2002~08年、千葉市の公立中学校で英語教諭として勤務。08年に再び米国に渡り、フルブライト奨学生としてコロンビア大学大学院博士課程に入学。2016年より、高知県土佐郡土佐町に移住。現在、土佐町議会議員を務める。主著は『崩壊するアメリカの公教育:日本への警告』(岩波書店)。