―─土佐町には都会とは別の「豊かさ」があるということですね。
鈴木 そうそう。以前に読んだ記事で「なぜ地方の人は残業しないのか」というものがありました。その記事の説明を借りると、経済の多様性がなく、「貨幣経済」に支配された都会では、貨幣が尽きることは死に直結する。でも、地方には「貨幣経済」に加えて「自給自足経済」「物々交換経済」「貸し借り経済」と少なくとも4つの経済の形がある。経済の形が多様なんですね。これはまさに土佐町にも当てはまっています。
土佐町に来て驚いたことのひとつは、定職を持っている人たちの多くが普通に田んぼを持っていることです。自分で食べる米を全部自分でつくるって、僕はちょっと聞いたことがなかったからびっくりしちゃって。まずはそういう自給自足経済がある。
あとは、物々交換経済。僕の家にはゲストがよく来るので、そこで戴いたものをいつもお世話になっている人におすそ分けに行く。それに対して野菜やお米はしょっちゅうもらうし、お酒も家具も、時には鹿肉や猪肉なんかももらったりします。
「交換」というと少し違うのかもしれないですね。交換じゃなくて、「こころざし」。分かち合いと言った方が良いかもしれない。
貸し借り経済もあります。たとえば、「あそこのおじいさんには本当にお世話になったから、あのうちに何かあった時には必ずなんとかしろ」など、代々の言い伝えがある家庭も少なくありませんし、失業した人に、家周りの色々な仕事を頼んで、その代わりにお金を渡すなんてこともよくあります。
それに加えて、自然豊かな土佐町では、商店街のうどん屋さんの駐車場に普通にふきのとうが生えていますし、柿の木だって誰も実を取らない木がたくさんあります。そんなわけなので、土佐町ではお金が無いから食べられない、ということはまず考えられません。よく言うんですが、土佐町で餓死するには相当な強い意志が必要ですよ(笑)。
ところで、そんな土佐町での豊かな生活のあり方を象徴するような特別な言葉があるんです。GKHってご存じですか?
プロフィール
教育研究者。1973年神奈川県生まれ。16歳で米ニューハンプシャー州の全寮制高校に留学。そこでの教育に衝撃を受け、日本の教育改革を志す。97年コールゲート大学教育学部卒(成績優秀者)、99年スタンフォード大学教育大学院修了(教育学修士)。その後日本に帰国し、2002~08年、千葉市の公立中学校で英語教諭として勤務。08年に再び米国に渡り、フルブライト奨学生としてコロンビア大学大学院博士課程に入学。2016年より、高知県土佐郡土佐町に移住。現在、土佐町議会議員を務める。主著は『崩壊するアメリカの公教育:日本への警告』(岩波書店)。