プラスインタビュー

異例のヒット続出! なぜ東海テレビのドキュメンタリー映画は、何度も観たくなってしまうのか?

東海テレビ・プロデューサー 阿武野勝彦氏インタビュー
阿武野勝彦

 で、僕の場合、テレビ人生の出発は、実にできの悪いアナウンサーでしたが、ディレクターになってドキュメンタリーを作り始めたら、早い時期に賞を獲っちゃったんです。すると「賞を獲れるディレクター」ということで、賞に追われ始める。賞を獲れないと逆に「ダメなディレクター」の烙印を押される。要は、賞に翻弄され始めるんです。僕は自分が出来の良いディレクターではないことを自覚していましたので、「岐阜の支局に出してください」と頼みました。賞に絡めとられない方法です。ただ、地方記者を二年やって見つけた題材をドキュメンタリーにしました。人口2000人の山里、岐阜県東白川村と戦争の関わりを丹念に撮ったんです。それが『村と戦争』(95年)で、その後、『いくさのかけら』(05年)という作品に続いていきました。

ヒットよりも息の長い作品を

 そんな風に、東海テレビは、時間や予算についてドキュメンタリーについては、とても寛容です。それこそ、「ドキュメンタリーの東海テレビ」の伝統です。またそこでまた賞を獲ると、「次作れ、次作れ」って言われるのですが、取材対象は現実に目の前の人間ですから、「賞を獲るためにあなたを撮影している」なんて気持ちでいられるわけがない。だから、自分の思いを上手にコントロールして、決して会社の期待にひっくり返されないようにしなくてはなりません。それは、映画化についても同じで、ヒットすると興行収入という数字になって、お金の話が先行しはじめます。金のためのヒットじゃなくって、「たくさんの人に見てもらいたい」という思いから作ったその夢が叶ったと思うようにしています。

阿武野勝彦氏

 今、テレビの世界ではマーケティングばやりで、視聴者が何を求めているかを一生懸命に研究しています。でも、僕はそれをしたくない。あくまでも僕が伝えたいものに徹底的にこだわるべきだと思うんです。それでも、テレビマンを長年やっているから「たくさんの人に見てもらう」という気持ちはしみついていて、本能的に時代の風を感じているわけで、やっぱり作るとヒットするんじゃないかと思っちゃう……いや、ヒットしてないね(笑)。

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プロフィール

阿武野勝彦

東海テレビ放送ゼネラルプロデューサー。1959年静岡県生まれ。同志社大学文学部社会学科新聞学専攻進学。1981年東海テレビ放送にアナウンサーとして入社。89年記者に異動。98年営業に異動。2002年報道制作局部長に。日本記者クラブ賞(09年)、芸術選奨文部科学大臣賞(12年)などを受賞。

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