「劇団ひとりがすごいのは、そういう天才的なところというか変態的なところと、お茶の間タレントを両立しているところなんですよ」TVプロデューサー・佐久間宣行氏の言葉である。
ある時はゴールデン番組のMCとして。ある時は深夜番組で暴走する芸人として。そして、小説や映画を作ってはヒット作を飛ばすクリエイターとして。さまざまな才能を発揮し、私たちを楽しませ続ける劇団ひとり。
いくつもの顔を持つ彼に、テレビタレントとして活躍しながら創作を続ける理由、自分の「好き」を起点にしつつも大衆に広く受け入れられる作品づくりを目指す背景、作品や自身に寄せられる評判との付き合い方について聞いた。
構成・文/碇雪恵 撮影/野﨑慧嗣
創作は生きていく上での「苦行」
──先日のラジオ(『劇団サンバカーニバル』)で「仕事が溜まっているから、また隔離期間に入りたい」と話されていて気になりました。
ひとり そうなんです。今年の4月に小説のゲラチェック、脚本と漫画原作の締切に追われてて、「これはヤバいな」って思った瞬間にコロナに罹ったんですよ。当時は隔離期間が2週間あって、その間は子どもたちの面倒も看れない。だからずっと部屋に閉じこもっていて、そしたら仕事が全部終わったんですよ。だから、また一週間でもいいから部屋に閉じこもれたらありがたいなと思って。
──今はどんな〆切を?
ひとり ドラマの脚本と、作詞と、バラエティの台本と……。
──色々抱えていらっしゃるんですね……。小説『浅草ルンタッタ』や映画『浅草キッド』のインタビューを拝見する中で、ひとりさんがよく「これを作らないと逃げになる」「この作品を作るのは自分が適任だと思った」と話しているのが印象的でした。多忙な中での創作活動には、こういった使命感が必要ということでしょうか?
ひとり そうですね。小説も映画も本業ではないので、正直やらなくてもいいことなんです。でも何か気になる対象に出会って、自分の頭の中でいろんな想像が膨らんでいった時に、「これを作品として形にしなくちゃいけない」って使命感みたいなものが生まれてくる。たぶん、生きていく上でやらなくちゃいけないひとつの「苦行」みたいなものなんですよね。正直に言うと。
──苦行ですか。
ひとり たぶん冒険家と同じじゃないかと思って。どうしてわざわざ南極大陸を横断しなくちゃいけないんだって話だけど、きっと勝手に使命感を持ってるからですよね。そういうことなのかなと思います。僕にとって物語を作ることは。
──冒険家も、危ないところになんて行かない方が安全だけど、それでも行くわけですもんね。
ひとり そう。それと同じで、僕も挑み続けていないと駄目な性格というか。挑戦しなくなったら廃人になっちゃうんじゃないかって怖さもあるくらいで。今の時代の流れとしては、なるべくゆとりを持って、自分を追い込まないで、心の平穏を求めるのがどちらかと言えば主流ですよね。だから僕のしてることはそれとは逆かもしれない。自分をいつも追い詰めていたいから。
でも僕らの仕事は自営業だし、楽しようとしたらいくらでも楽できちゃう。その分仕事が減っていくだけで、誰もムチ打っちゃくれないですよね。だから自分で自分にムチ打つしかない。それでいて、自分で始めたことをきっかけに仕事をオファーしてもらえるようになると、どんどん規模も大きくなっていくんでね。いわば、冒険家がより大きな山を目指してるのと同じかもしれない。自分の中で大変そうな方に行けているうちは成長しているなって感じられますね。
──現状に満足せずどんどん大変な方に向かわれると。それは芸人やタレントとしての地位を築かれたからこそ、「違うことに挑戦しなければ」と思われたということでしょうか?
ひとり そうかもしれないですね。テレビの仕事も最初は本当に難しくて、どうしていいかわからなかったんです。もう落ち込んで反省する日々だったけど、それでも続けるうちにどんどんできるようになってくる。いまだに全部わかったとは言わないけど、ある程度そつなくこなせるようにはなってきて、そうすると僕にとってテレビがただただ楽しい場所でしかなくなってくる。
これは僕の性格的なものだけど、楽しいだけだと不安になるんです。例えば、友だちと楽しくお酒を飲んでいる時でさえ、トイレに行った瞬間に「何してんだ、俺は……」って思っちゃうような性格なんですよね。こんなふうに楽しく笑ったり夢語ったりして満足してこれでいいのかなって、急に冷めちゃうタイプで。
それと同じで、テレビの仕事は楽しいけど、それだけだと不安になる。だから、映画でも小説でもいいから何か作らないといけないものを一個抱えている方が、心のバランスが取れるんでしょうね。逆に、テレビの仕事がなくて創作活動だけだったら僕はたぶん精神的に参っちゃうはず。だから今がいちばんいいバランスかなとは思いますけどね。
──創作活動はある種趣味的に楽しむこともできると思ったのですが、それだと意味がないということですよね。これまでのインタビューでも、小説も映画も広く届けることを強く意識されているのがわかって。作品を「広く届けたい」と考える背景を伺いたいです。
ひとり 「広く届けたい」とか「伝わらないと意味がない」というのは、たぶんお笑いをずっとやってきて思ったことですね。お笑いもクリエイティブな作業だから、自分のやりたいことを掘っていくとどんどん難解なものになっていく。それで「こんなにおもしろくて高尚なお笑いをやってるのに、全然通用しない」と悩む。けっこういろんな芸人が1回はそういうところに陥りますね。
かたやわかりやすくて、「こんなの半日もありゃ作れるだろ」ってネタがドッカンドッカンウケてるのを見ると、「あんなもんくだらない」って思う反面、やっぱり自分も認められたい。そういう時期を乗り越えて、今があるわけじゃないですか。だから結局、多くの人に伝わらないと駄目なんですよね。
中には、自分のこだわりを貫くことが大事で、広く伝わらなくてもいいって人もいるかもしれないけど、僕はそういうメンタルは持ち合わせていない。だからやっぱり多くの人に認めてもらって、楽しんでもらいたいんです。「別に誰にも認めてもらわなくたって大丈夫」って本気で言ってるなら、外に向けて発表する必要もないと思うし。
それに、1人でやってるお笑いのネタだったら自分だけの責任だけど、仕事の規模が大きくなっていくとそういうわけにもいかない。映画なんかだと特にたくさんの人が作品作りに関わっていて、現場で寝ずにずっと作業してくれるスタッフ全員の顔も思い浮かぶ。当然お金を出してくれる会社もある。背負っているものの大きさを思うと、やるからには絶対にヒットさせなきゃ、って気持ちになります。
──多くの人たちの努力を無駄にしたくないと。
ひとり もっと具体的に言えば、誰か他の人が映画を作るためにスタッフを探している時、僕の映画のエンドロールで名前が載ってたあのスタッフを呼ぼう、ってことになるのが僕のできるいちばんの恩返しですよね。スタッフの人たちの次の仕事、キャリアにつながらないとあんまり意味がない。僕だけじゃなくて、みんなにプラスになることをしたい。やっぱり遊びじゃないんでね。だからと言って、世の中に思いっきり迎合したような作品を作れるかと言ったらそれもできない。自分のやりたいことと世間が見たいもののバランスが大事で、まだ勉強中ですね。
──そのバランスはどうやって取っていますか?
ひとり 映像で言えば、わかりやすいのはキャスティングです。自分の好きな人だけを揃えるとどんどん地味になっていくので、もう少し若い人にも見てもらうのはどうしたらいいか考えて。話の展開も、わかりやすすぎても駄目だしひとりよがりでももちろん駄目。そこは0か1かではないので、やっぱりバランスですよね。
──自分1人の興味からスタートした作品を世間の人が見たいものに調整していく時に、テレビの世界の第一線で活躍されてきた経験が生かされているのかなと思ったのですが。
ひとり その感覚はつながっていると思います。そもそも、世の中と自分の間にずれている部分が多いんですよね。例えば、僕が生きてきて知っている感情を、みんなも普通にわかるだろうと思っていざ声に出してみると、案外共感されない。そういうことは多々あるとテレビの仕事で学びました。だけど僕という人間が今思っているこの感情を、相手も全く持っていないわけじゃなくて、ただ気づいていないだけなのかもしれないと。だからどう伝えるかがすごく大事だと思います。
物語を作って、映像でそれをお客さんに伝えていく上では、まず役者さんがどんな顔をするのか。どんな照明があって、カメラはどこに寄るのか。いろんな方法を使って、僕が表現したい感情や現象を少しでも多くの人に伝わるものにしていく。この時も、わかりやすすぎると今度は品がなくなるから、そのバランスが大事で。
本当にわからなくなった時は、現場にいるスタッフの人、たとえばメイクさんに聞くこともあります。どのキャラクターがいちばんよく見えるか、どのキャラクターが嫌いか、とかね。プロデューサーとかだと既に散々話し合ってきてるので、そうじゃない人の意見を聞きたい時はありますね。
──話が少し戻りますが、先ほどの「人に届かないようなものを作って満足するメンタルは持ち合わせていない」というお話が気になっていて。一方、別のインタビューでは「世間の評価よりも自分の納得感を大事にしたい」ともおっしゃっていました。この、矛盾するようでしていないひとりさんのお気持ちを知りたいです。
ひとり 結局のところは、お客さんに合わせて作ることはできないんですよね。っていうのは、「今世の中で流行ってるから、これをやれば間違いなくヒットする」みたいな方法論って、ありそうだけど実はなくて。もし本当に魔法の脚本があって、死神との契約でそれが手に入るなら絶対に欲しい。でも、そんなものはないわけですよね。
そうなってくると結局できることは何かと言うと、まずは自分がおもしろいと思うことを掘り下げていくこと。本当におもしろいと思って納得したものは、力が全然違うんでね。それは具体的には、時間をかけられるということです。本当に素敵だと思ったものに関しては、とことん時間をかけられる。そうじゃなくて「これならお客さんが喜ぶだろう」ってところから始まると、結局そこまで労力をかけられない。どうしてかって、それは思いがないから。やっぱり好きだからこそなんですよ。基本的には、ものづくりの時は必ずそうで。自分1人の中で練って練って、その後にようやくお客さんの顔が出てくる。自分だけの中にあった熱量を、どうやったら広く伝えられるか考えていく作業ですよね。
──まずは自分が持続して興味を持てるかどうかが、ものづくりのスタートにあると。
ひとり よく芸能界でも、「仕事につながりそうだから」ってだけで、本当はそんなに好きじゃないのにそれっぽい趣味をアピールして小銭を稼ごうとする人がいるけど、やっぱり続かないですよね。本当にその対象が好きな人って、放っておいてもずっとそのことを考えるでしょう。グルメだって漫画だって。そういう人の言葉って、ネットでちょっと調べてコピペしたような文章とは重みが全然違う。やっぱり思い入れありきです。
──今年8月に上梓された小説『浅草ルンタッタ』も、登場人物が生き生きと躍動する姿に胸を打たれたのですが、それはとても緻密な時代考証や地理の把握から生まれた説得力によるものだろうと感じました。
ひとり 『浅草ルンタッタ』の舞台、大正時代の浅草の世界観が僕は本当に好きだし、登場人物のことも好き。そういう思い入れがあるからできるんですよね。じゃないと途中で嫌になっちゃいますから。眠い時にどれだけ頑張れるかって、思い入れにかかってる。根本的に好きにならないと無理ですね。
プロフィール
劇団ひとり(げきだんひとり)
千葉県出身のお笑い芸人。
バラエティーで活躍する傍ら、俳優・作家・監督としても多岐に活動。
2006年発表した小説『陰日向に咲く』は100万部を越えるベストセラーになり映画化。
二作目の小説『青天の霹靂』も映画化されその際、初の監督・脚本を勤める。
最近ではNetflix映画『浅草キッド』や日本テレビ『24時間テレビドラマ無言館』の監督・脚本としての評価も高い。
また最新小説『浅草ルンタッタ』が先日発表された。