対談

戦争、コロナ禍、マイノリティ文化…すべてに“あらがった”スーザン・ソンタグの入門書がなぜ2023年に刊行されたのか?【前編】

『スーザン・ソンタグ 「脆さ」にあらがう思想』刊行記念対談
波戸岡景太×都甲幸治

TikTok、サメ映画、みうらじゅん=キャンプ?

波戸岡 この『スーザン・ソンタグ』では、アメリカの辞書から「あまりにも人工的だったり、不自然だったり、あるいは時代遅れだったりするために、おもしろい(アミュージング)とされてしまう事柄」(Merriam-Webster)という一般的な定義を紹介したうえで、TikTokのダンス動画を例に挙げました。コスプレしたり、自分の顔を加工して踊ったりする動画ですね。それを見て楽しむ時の作法がキャンプ。既存の価値判断で評価するのではなくただ楽しむ。キャンプってあの作法なんだと思うんです。TikTokを見て楽しむ時って、それこそいじってはいけないじゃないですか。

都甲 いじっちゃいけないの? あれ(笑)。

波戸岡 そうなんですよ。受け入れるっていうことと、それを伝播させていく。それがキャンプなんです。

『スーザン・ソンタグ 「脆さ」にあらがう思想』(集英社新書)

都甲 ソンタグの言うキャンプって、もともとはクィアの人たちが作った文化でしょう。笑いもあって、しかも批評でもあるという。今の日本の学生たちにどうやって説明したらいいのかなと考えると、マツコ・デラックスの立ち位置だよね。

波戸岡 そうですね。でも、クィアだけでなくいろんなものがキャンプである。例えばソンタグはゴジラをキャンプとして挙げています。

都甲 ゴジラがキャンプってどういうことだよ、と思うよね(笑)。

波戸岡 B級映画をかっこいいと言ってしまう感性ですね。今、サメ映画がブームじゃないですか。

都甲 そうなの? サメ?

波戸岡 そうなんですよ。B級のサメ映画だけを見るっていうブームがあるんです。サメ映画だけをまとめた本も出てますよ(知的風ハット『サメ映画大全』、左右社)。周りからはダサいと言われている“こだわり”を、あえて評価する態度ですね。

 日本だとみうらじゅんですね。ゆるキャラとかマイブームとか。ああいう微妙なところを突いてくる。

都甲 みうらじゅんもキャンプなんだ。

波戸岡 だと思うんです。そうすると、キャンプが自分の人生を楽しむ、豊かにするっていう方面でズレを楽しむところまで意味を含んでくる。

都甲 言い換えれば、ダメを楽しむってことですね。茶人っていうか(笑)。キャンプという言葉を使うと、みうらじゅんもわかりやすくなりますね。「いやげ物」って知ってます? 観光地にある誰も買わないであろう、人を嫌な気持ちにさせる土産物のこと。みうらじゅんはそれを紹介する運動もやっていたんですよ。みうらじゅん、すごいな。

波戸岡 みうらじゅんはすごいです。ソンタグは『反解釈』でキャンプを取り上げて、みうらじゅん的なものをすごくハイレベルな批評のかたちでやったわけです。

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スーザン・ソンタグ 「脆さ」にあらがう思想

プロフィール

波戸岡景太×都甲幸治

はとおか けいた

1977年、神奈川県生まれ。専門はアメリカ文学・文化。博士(文学)〈慶應義塾大学〉。現在、明治大学教授。著書にThomas Pynchon’s Animal Tales: Fables for Ecocriticism(Lexington Books)、『映画ノベライゼーションの世界』(小鳥遊書房)、『ラノベのなかの現代日本』(講談社現代新書)など。訳書にスーザン・ソンタグ『ラディカルな意志のスタイルズ[完全版]』(管啓次郎との共訳、河出書房新社)など。

とこう こうじ

1969年、福岡県生まれ。翻訳家・アメリカ文学研究者、早稲田大学文学学術院教授。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻(北米)博士課程修了。著書に『教養としてのアメリカ短篇小説』(NHK出版)、『生き延びるための世界文学――21世紀の24冊』(新潮社)、『大人のための文学「再」入門』(立東舎)など、訳書にトニ・モリスン『暗闇に戯れて 白さと文学的想像力』(岩波文庫)など。

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