戦争、コロナ禍、マイノリティ文化…すべてに“あらがった”スーザン・ソンタグの入門書がなぜ2023年に刊行されたのか?【前編】
2023年で生誕から90年を迎えた“アメリカの良心”、批評家スーザン・ソンタグ。そんな彼女の思想と波瀾万丈な生涯に迫った初の入門書が刊行された。『スーザン・ソンタグ 「脆さ」にあらがう思想』(集英社新書)だ。
本書の刊行を記念し、三鷹にある本屋UNITÉで、著者の波戸岡景太氏と、集英社新書プラスで『アメリカ文学の新古典』が絶賛連載中のアメリカ文学研究者の都甲幸治氏による対談「生誕90周年!今こそスーザン・ソンタグ入門」が開催された。
その様子を伝える前編では、「なぜ今ソンタグの入門書が刊行されたのか」を出発点に、“有事の時代”に必要な言葉を思索していく。
なぜ2023年にスーザン・ソンタグなのか
都甲 『スーザン・ソンタグ』っていうタイトルの本が2023年に新書で出るってどういうことよ? ってまず思ったんですよ。なぜ今これを書こうと思ったのかをまず聞かせてください。
波戸岡 ソンタグは2004年に亡くなりましたが、今でもよくその言葉が引用されます。知的な高みにいる人、間違ったこと言わない人みたいなイメージがありますよね。
都甲 何か偉い人ですよね、という感じ。
波戸岡 ソンタグが20世紀を駆け抜け、21世紀に入って数年で亡くなった後にぽっと真空状態が生まれ、今もその状態が続いていると思うんです。これから神格化が進むのか、それとも晩年の「9.11」についての発言がスキャンダラスに取り上げられたように、誤解されたままで行くのか。今はその瀬戸際にあるように感じます。神格化にもスキャンダルにも行かず、ニュートラルに書かれた本があるべきだというのが、書いている時のモチベーションでした。
都甲 忘れられてしまうのも嫌だけれど、神格化されるのも嫌だということ? なぜ?
波戸岡 今、活躍してる批評家、研究者の中で、ソンタグがこう言ってるから社会をこう切るべきだという考え方と、いやいや、こんにちから見ればソンタグは間違っていたんだ、みたいな言い方が両方あって、評価が揺れていると思うんですよね。
コロナ禍になる前にアメリカで目の当たりにしたんですが、LGBTQ運動の高まりとともにキャンプが再評価される中で、ソンタグの名前が挙がっていました。キャンプという概念をいちはやく認めた人として認識されているんです。一方で、世界の紛争をめぐって文筆家がどんな政治的発言をしたのかという話題でも、ソンタグの名前が出てきました。
しかもコロナ禍になったら、ウイルスをメタファーとして捉えることはどうなのかと、ソンタグの『隠喩としての病い』が引き合いに出される。このようにさまざまな事象についてソンタグが言及されるんですが、本人がどういう人だったのかについては、イメージがかなり分裂している感じがするんですね。
都甲 キャンプについて言えば、ここ5年、10年ぐらいでまた注目されていますよね。LGBTQについて日本の大学でも普通に授業で取り上げるようになってきて。だけど、キャンプの扱われ方がすごく真面目じゃないですか?
『反解釈』の中の「《キャンプ》についてのノート」でのキャンプの扱い方を読んでいると笑える要素がある。ノリとしてはNetflixで、クィアの人たちが出演するリアリティ番組『クィア・アイ』のような感じ。性的マイノリティの人たち同士が対抗戦みたいのをやったりするノリ。あの感じですよね。
ソンタグがこれから神格化されるかも、という話が出てきましたが、たぶん、今読むとソンタグが書いていることは遊びっぽいというか、ちょっとおちゃらけてるとこもあって、真面目に不真面目をやっていた。
1960年代、70年代は、「真面目に不真面目をやるのが真面目」みたいな感じがあったと思うんですよ。でも、今は「真面目に真面目をやる」。当時と今とでは文化がめちゃくちゃ変わっている。だから、おちゃらけて語ったら学生に怒られるんじゃないか、と思いながらLGBTQを扱った作品を授業で読んだりしています。
波戸岡 たぶん、今の学生は「おちゃらける」が「いじり」になってしまうことが怖いんですよ。「あなたはどこの立場で言ってるんですか」って突っ込まれることを恐れている。
この本の中でも引用したんですが、ソンタグは「キャンプ趣味というのは、価値判断の流儀ではなく、享受し鑑賞する際の流儀である」と言っています。自分はキャンプ文化を作っている当事者ではない。自分のような立場の人間がキャンプを分析すること自体が冒涜だ。だけれども、キャンプは「やさしい感情」である、とも言っています。キャンプに比べるとポップは乾いていて真面目で、ニヒリスティックだって言うわけですね。
都甲 そうなんですよ。たぶん、キャンプがどんなものかを言わないといけないじゃないですか、一応。若い人たちに説明しないと。
プロフィール
はとおか けいた
1977年、神奈川県生まれ。専門はアメリカ文学・文化。博士(文学)〈慶應義塾大学〉。現在、明治大学教授。著書にThomas Pynchon’s Animal Tales: Fables for Ecocriticism(Lexington Books)、『映画ノベライゼーションの世界』(小鳥遊書房)、『ラノベのなかの現代日本』(講談社現代新書)など。訳書にスーザン・ソンタグ『ラディカルな意志のスタイルズ[完全版]』(管啓次郎との共訳、河出書房新社)など。
とこう こうじ
1969年、福岡県生まれ。翻訳家・アメリカ文学研究者、早稲田大学文学学術院教授。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻(北米)博士課程修了。著書に『教養としてのアメリカ短篇小説』(NHK出版)、『生き延びるための世界文学――21世紀の24冊』(新潮社)、『大人のための文学「再」入門』(立東舎)など、訳書にトニ・モリスン『暗闇に戯れて 白さと文学的想像力』(岩波文庫)など。