対談

戦争、コロナ禍、マイノリティ文化…すべてに“あらがった”スーザン・ソンタグの入門書がなぜ2023年に刊行されたのか?【前編】

『スーザン・ソンタグ 「脆さ」にあらがう思想』刊行記念対談
波戸岡景太×都甲幸治

複数の年表を作ることで見えてくるソンタグの肖像

波戸岡 私はアメリカ文学、その中でもポストモダン文学が専門です。ポストモダン文学の中でソンタグはポストモダニストとしては扱われていないんです。

 ですが、ソンタグはポストモダン作家のトマス・ピンチョンと小説家デビューが同じ年(1963年)なんです。では、なぜソンタグはポストモダニストとされていないのか。

 70年代にポストモダン文化がわーっと盛り上がるじゃないですか。その時、彼女はがんになってしまうんです。頓挫しそうになりつつも『写真論』を完成させ、がんの経験を元に『隠喩としての病い』を書きました。

都甲 『写真論』と『隠喩としての病い』の執筆時期がかぶっていたというのも驚きですね。

波戸岡 『隠喩としての病い』の執筆開始は、『写真論』がもう少しでできあがるというところでした。

 『スーザン・ソンタグ』の作りとしては、ソンタグという人を年表にしたらどうなるだろうというところから出発しています。年表って個人史と業績とが一体になってドラマを作るじゃないですか。でも、ソンタグはそうはいかないっていうことを書きたかったんです。

都甲 何で? アホな学生みたいな質問だけど(笑)。

波戸岡 いや、いいツッコミです(笑)。なぜかというと、まず批評家になる前のキャリアが、そのまま大学の先生になって当然のすごいものであること。

都甲 そうだよね。“地球上の誰よりも高学歴”みたいな人じゃない、ソンタグって。しかも大学で教えていた時期もありましたよね。

波戸岡 アカデミズムの世界での出世コースを蹴るっていうのもかっこいいわけですけど、もう一つは、19歳で子供を産んでからの母としての年表がある。

 そしてさらに、家族とは別に築いてきた女性たちとの恋愛関係の年表。それも10代の頃から始まっている。でも、それらの要素を、年表を混ぜるとおかしな話になる。つまりソンタグを神格化するのか、それともスキャンダラスな人生になってしまうのかということですね。

都甲 つまり、偉い人って言われていたけど、いろいろやらかしてる人でもあるよね、と。逆に、作品だけ読んですごい批評家だったね、と持ち上げられるだけでいいのかと。

波戸岡 『スーザン・ソンタグ』の中でも書いたんですが、ソンタグについて考えるうえで、同性との恋愛関係はすごく大事だと思うんです。でも結婚、離婚のようには記録されない関係だから、年表には載らない。でも、男性作家だったら愛人関係が作品にこんなふうに影響したとか書かれますよね。それが全部血となり肉となり文学になりましたよねって簡単に収まるのに、ソンタグは収まらないんです。

 この本が出る前にベンジャミン・モーザーが書いた『Sontag: Her Life and Work』というソンタグの評伝がアメリカで刊行され、ピューリッツァー賞を取ったんです。その中で詳細に語られているんですが、息子のデイヴィッド・リーフが語る世界と、ソンタグの最後のパートナーだった写真家のアニー・リーボヴィッツが語る世界が完全に決裂しているんですよね。

都甲 リーボヴィッツはソンタグが亡くなるまで写真に撮っていたんですよね。本人が撮られるのを許していたってこと?

波戸岡 撮ることはともかく、公表するところまでは許していなかったと思います。少なくとも息子は許していなくて、関係が決裂しました。

都甲 ソンタグは『写真論』で、写真家のダイアン・アーバスのことをかなり書いていますよね。ソンタグ自身がダイアン・アーバスの写真に出てくる人みたいですね。残酷な写真の被写体になってしまうというのが。ソンタグ自身がソンタグの批評で論じられる対象みたいになっていったんだなとも思いますけど。

波戸岡 そうですね。だから、その部分を来年あたりに公開されるらしいソンタグの伝記映画がどう描くのかが不安ではあるんですけど。

都甲 ベタに描かれたら嫌ですね(笑)。

波戸岡 そうなんです。だから、映画が見られる前にソンタグについて書いておくことも大事だなと思いましたね。

後編に続く

構成:タカザワケンジ

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関連書籍

スーザン・ソンタグ 「脆さ」にあらがう思想

プロフィール

波戸岡景太×都甲幸治

はとおか けいた

1977年、神奈川県生まれ。専門はアメリカ文学・文化。博士(文学)〈慶應義塾大学〉。現在、明治大学教授。著書にThomas Pynchon’s Animal Tales: Fables for Ecocriticism(Lexington Books)、『映画ノベライゼーションの世界』(小鳥遊書房)、『ラノベのなかの現代日本』(講談社現代新書)など。訳書にスーザン・ソンタグ『ラディカルな意志のスタイルズ[完全版]』(管啓次郎との共訳、河出書房新社)など。

とこう こうじ

1969年、福岡県生まれ。翻訳家・アメリカ文学研究者、早稲田大学文学学術院教授。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻(北米)博士課程修了。著書に『教養としてのアメリカ短篇小説』(NHK出版)、『生き延びるための世界文学――21世紀の24冊』(新潮社)、『大人のための文学「再」入門』(立東舎)など、訳書にトニ・モリスン『暗闇に戯れて 白さと文学的想像力』(岩波文庫)など。

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