対談

逆張りでも論破でもなく、どんな時でも「正論を言いたい」ソンタグの魅力とは?【後編】

『スーザン・ソンタグ 「脆さ」にあらがう思想』刊行記念対談
波戸岡景太×都甲幸治

前編はこちら

スーザン・ソンタグ 「脆さ」にあらがう思想』(集英社新書)刊行を記念して、三鷹のUNITÉで開催されたアメリカ文学研究者2人による文学的対話。前編では本書の刊行意図や、ソンタグの言葉の有効性が語られたが、後編ではさらに、2人の学生時代におけるソンタグ受容や「どんな時でも正しいこと」が言いたいインテリとしての姿、そしてソンタグの翻訳の難しさと、その思索は深まっていく……。

対談の様子(左・都甲幸治氏、右・波戸岡景太氏)

ソンタグは20世紀、青春の象徴だった

都甲 私の場合、スーザン・ソンタグとの出会いは高2ぐらいの時。ちょっとおませさんで、柄谷行人とか蓮實重彦とかの批評を読んでいて、ソンタグやレイモンド・カーヴァーがかっこいいらしいってことも頭に入っていた。そのころ高田馬場にビブロスっていう洋書屋があって、そこで買ったソンタグの『隠喩としての病い』とレイモンド・カーヴァーの『大聖堂』がたぶん、人生で初めて買った大人の洋書です。で、当然だけど読めないじゃない?(笑)。

波戸岡 難しいですよね。

都甲 読めないんだけど、本棚に奉っていた。もちろん大人になってから読んだけど。大学生になってからは、晶文社から出ていたソンタグの本をがしがし読んで、めちゃくちゃかっこいいなと思っていました。だから、自分の中でソンタグは青春、みたいな感じ。

 って、60年代が私の青春みたいな感じで話してるけど(笑)、80年代から90年代にかけての話ですよ、この話。何が言いたいかというと、自分にとってソンタグは当時すでに歴史上の人物だったんです。

 だから、この本で2001年の「9.11」の時に発言が叩かれたとか、亡くなる前は、アメリカの扱いはこうだったとかをあらためて読んで、これまでちゃんとそのことを考えたことがなかったな、と。

波戸岡 ズレがあるんですよ、日本にアメリカ文化が入って来るのって。90年代以降にソンタグを読むっていうことは、60年代のカウンターカルチャーはもう清算されているから、読者はその渦の中にいない。かつてあった光を見るみたいな感じだったんですよね。

都甲 だから、歴史化されてるっていうか、先輩の昔話で聞く世界。

波戸岡 そうなんですよ。だけど、ソンタグは60年代の歴史化された世界から活動を展開することで、そのイメージから逸れていった人だったような気がしますよね。

都甲 何で逸れたのかな。

波戸岡 それもさっき言った70年代のソンタグ自身の経験が大きいと思います。がんになって死に直面した経験ですね。そこで当事者にしかわからないことを書こうとした。

 西加奈子さんががんになった経験を書かれた『くもをさがす』を読んだ時にも感じたんですが、がんになったことをどうやって自分の言葉にしていくのかというのは大きな課題なんですね。

 がんに関するいろんなものを読んできて、いざ自分が書く時にそれを繰り返すのか。ベタにそれをやるのかといったら、西さんもソンタグもやらないわけです。西さんはオリジナルの自分の文体を作った。ソンタグはそこで論文を書いた。

都甲 すごいよね。『隠喩としての病い』には、がんになる人は精神的に自分を責めがちだとか、ストレスをため込むからがんになる、という俗説のために、がんに気づいたり、治療をするのを避けて亡くなった人がいっぱいいる、と書いてある。がんと結核の共通点を見つけたり、ペストにまで遡って病の「語られ方」を書いたりしている。尋常じゃないエネルギーだよね。自分だってがん患者なのに。

波戸岡 そうですよね。『隠喩としての病い』(1977年)は『反解釈』の「《キャンプ》についてのノート」(1966年)を書いた時とはモードが完全に違うんです。キャンプの時は「キャンプについて語ることは、キャンプを裏切ることになるかもしれないけれど、それでも書く」と利己的な動機で書いた。

 でも、『隠喩としての病い』はがん当事者として、かつ、すでに当事者となっている自分以外の人たちのために書いている。そのモードの違いですね。

都甲 そうですよね。だから、『隠喩としての病い』って、今読んでも異様な迫力があります。『隠喩としての病い』で私が好きだったのは、結核患者が繊細でやせている人のように表現されて、それが現代女性のスマート信仰にまでなって、今も女性たちを苦しめている。そういうことをあの時点で書いていて、すごいなといまだに思う。でも、その後に書いた『エイズとその隠喩』はちょっとゆるくない?

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プロフィール

波戸岡景太×都甲幸治

はとおか けいた

1977年、神奈川県生まれ。専門はアメリカ文学・文化。博士(文学)〈慶應義塾大学〉。現在、明治大学教授。著書にThomas Pynchon’s Animal Tales: Fables for Ecocriticism(Lexington Books)、『映画ノベライゼーションの世界』(小鳥遊書房)、『ラノベのなかの現代日本』(講談社現代新書)など。訳書にスーザン・ソンタグ『ラディカルな意志のスタイルズ[完全版]』(管啓次郎との共訳、河出書房新社)など。

とこう こうじ

1969年、福岡県生まれ。翻訳家・アメリカ文学研究者、早稲田大学文学学術院教授。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻(北米)博士課程修了。著書に『教養としてのアメリカ短篇小説』(NHK出版)、『生き延びるための世界文学――21世紀の24冊』(新潮社)、『大人のための文学「再」入門』(立東舎)など、訳書にトニ・モリスン『暗闇に戯れて 白さと文学的想像力』(岩波文庫)など。

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