逆張りでも論破でもなく、どんな時でも「正論を言いたい」ソンタグの魅力とは?【後編】
古典であるはずの『写真論』は「滑った」感がある?
波戸岡 ありがとうございます。ソンタグは文庫になって手に取りやすくなるといいなと思うんですよね。
都甲 同じことを思ってます。でも、若い人たちにちゃんと伝わるのかな、という不安もありますね。
私、大学の授業で文学理論の先生をやってるんですよ。自分がかっこいいと思う本をテキストにして学生と一緒に読む授業なんですけど、一番滑ったのがソンタグの『写真論』だったんです。
波戸岡 授業で「滑った」って言うんですね(笑)。
都甲 そうとしか言えないくらい滑った(笑)。『写真論』はすごくいい本なんですよ。私はダイアン・アーバスが大好きで、アートとしての写真はこうだ、みたいな話を学生にするわけ。それからディスカッションしたんですが、「先生、写真がアートってめっちゃわかります」「おー、そうか」「先生は知らないかもしれないですけど、撮った写真をとっても個性的にしてくれるアプリがあって、どんどん自分の世界を作り込んでいけるんです」というやりとりがあって、「おやおや」と。
その時わかったんですよ。今はアートっていう概念がないんです。アートが偉いとか、ある種の狂気とかオルタナティブみたいのをかっこいいみたいな感性が、若者の中にほぼない。ある学生もたまにいるんだけど、98%ぐらいはない。そういう学生たちに、スーザン・ソンタグは面白いし、かっこいいって、半年間言い続けるのは辛かった。もう毎週、脂汗流して授業をやっていました(笑)。
ソンタグの魅力をどうやって今の若者たちに伝えていったらいいんでしょうか。
波戸岡 わかります。私もこの本を書き始めた当初は、ソンタグのかっこいい言葉を並べて、波乱万丈な人生を書けばすーっと伝わるんじゃない? っていう甘い目論見があったんです。でも、おっしゃるとおりで、自分が「ソンタグはすごい」って言えば言うほど「滑る」。その感覚、よくわかるんです。
なので、今回の作戦というか、書き方としては「ソンタグはかっこ悪い」。だけど「あえてかっこ悪いやつをかっこいいと言ってみよう」。
これは、ソンタグ自身がキャンプについてやった方法論なんです。「キャンプはかっこ悪い」。だけど「あえてかっこ悪いものをかっこいいというのがかっこいいんだ」と。
ソンタグは時代遅れでかっこ悪くなった。でも、それを今、もう1回読むことはかっこいいことだよっていうプレゼンをやってみたんですよ。
都甲 まさに「いたこソンタグ」だね。波戸岡さんがソンタグになって、ソンタグのかっこ悪さをあえて味わってもらうことで、「かっこ悪いさまをさらけ出せるかっこよさに気づいてよ、君たち」みたいな。
やっぱり「本気で真面目にふざける」みたいなことだと思うんですよ。ただ真面目とか、ただふざけてるとかじゃなくて、本気でふざけながら、ふざけてるところに思想っていうか、知性があるんだよ、という。それって、何十年か前は常識だったけど、今は「真面目なことを真面目に」というカルチャーに変わってる。どうしたらいいんだろうね。
プロフィール
はとおか けいた
1977年、神奈川県生まれ。専門はアメリカ文学・文化。博士(文学)〈慶應義塾大学〉。現在、明治大学教授。著書にThomas Pynchon’s Animal Tales: Fables for Ecocriticism(Lexington Books)、『映画ノベライゼーションの世界』(小鳥遊書房)、『ラノベのなかの現代日本』(講談社現代新書)など。訳書にスーザン・ソンタグ『ラディカルな意志のスタイルズ[完全版]』(管啓次郎との共訳、河出書房新社)など。
とこう こうじ
1969年、福岡県生まれ。翻訳家・アメリカ文学研究者、早稲田大学文学学術院教授。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻(北米)博士課程修了。著書に『教養としてのアメリカ短篇小説』(NHK出版)、『生き延びるための世界文学――21世紀の24冊』(新潮社)、『大人のための文学「再」入門』(立東舎)など、訳書にトニ・モリスン『暗闇に戯れて 白さと文学的想像力』(岩波文庫)など。