逆張りでも論破でもなく、どんな時でも「正論を言いたい」ソンタグの魅力とは?【後編】
「夜中に突然起きて原文を読むわけです」
波戸岡 ちょっと翻訳の話も聞きたいんですけど、例えば、都甲さんにソンタグの『隠喩としての病い』を訳し直してくださいっていう依頼がきたときにどうしますか?
都甲 もちろんやりますよ。ソンタグは本当に好きだから。
波戸岡 トニ・モリスンの『暗闇に戯れて――白さと文学的想像力』(岩波文庫)を訳されたので、あの流れで訳せないかなって思ったんですよ。
都甲 この対談のために、過去にソンタグを読んだとき取っていたメモを全部読み返したんだけど、自分の8割はソンタグでできてるんじゃない? ぐらいの気持ちになっちゃって。
波戸岡 大きいですね、話が(笑)。
都甲 どう書くのが批評なのかとか、どう対象にアプローチするのかとか、そういう仕事のやり方レベルですごく大きな影響を受けきたっていうことに、昨日まで気づかず生きてきました(笑)。だからソンタグは訳してみたいですね。
波戸岡 トニ・モリスンの並びで岩波の文庫でソンタグとかあるとすてきですよね。
都甲 『暗闇に戯れて』のあとがきに書きましたからね。『暗闇に戯れて』はアメリカに「9.11」の時に留学してたときの教科書。かっこいいんだけどわからない。
波戸岡 わからないからかっこいい。
都甲 そう。だけど、わかりたいという気持ちもすごくあって、それから20年。いざ訳そうとしてみたら、生き地獄みたいな感じでしたね。
トニ・モリスンって名文家だから、読んでいると何となくいい感じで進んでいく。最後に「いいもの読んだな、でも、ちょっとわからないな」で終わっていた。でも、訳す時は全部わからなくちゃいけないでしょう。
単語も難しいし、構文も難しいし、文脈も難しい。しかも親切に書いてない。トニ・モリスンの批評を日本語で訳す訳し方を発明しながら訳す、みたいな感じで、本当にしんどかったですね。
波戸岡 ソンタグも日本語にするのは難しいですよね。例えば、「みだら」みたいな言葉をいろんなフレーズで書いていて、日本語にしたら全部みだらじゃんみたいな感じになるんですよね。
読んで気持ちがいいのはストレートなことを言っているからなんですが、その後で真逆なことも言っている。禅問答みたいなことをやっていて、それもかっこいい。わからないことのかっこよさははっきりしている。だけど、日本語に置き換えて、読者にわかってもらうのは難しい。
都甲 いろんな編集者にソンタグの話をしたりすると、ソンタグは難解だって言われるんだけど、そんなに難解じゃないと思うんですよ。ただ真っ当に書いているんじゃないか、と思っていて。日本の文脈でなぜそんなに難しいって言われてるのかなと思うんだけど。
波戸岡 私の個人的な体験を話すと、『スーザン・ソンタグ』を書いてる時に、ソンタグが急にわからなくなることがあったんです。自分でソンタグ像を作りすぎているんじゃないかとか考えてしまって。原文百遍だと思って、夜中に突然起きて原文を読むわけです。
都甲 何時頃?
波戸岡 2時ぐらい。
都甲 相当追い込まれてるね(笑)。
波戸岡 その時に読むとわかる気がするんですよ。でも、次の日に読むとまたわからなくなる。
都甲 めちゃくちゃ面白くない? その話。
波戸岡 そうですか。でも、本当にそういう文章なんですよ、ソンタグの文章って。
わからないレベルが高すぎる。それこそ詩的言語みたいな感じ。たぶん、自分の妄想で読んでるんだと思うんです。同じフレーズが何回も出てくるんだけど、どんどん意味がズレていって、最後にもちょっとズラしてかっこいい、という感じで終わるわけですよ。
ソンタグが使う言葉は詩的言語でもあり、もともと哲学の人なので、哲学言語でもあり。わけがわからなくても読んでいるとハイになる魅力がある。だから1人でも多くの人に読んでほしい。読んでみないと経験できないから。『スーザン・ソンタグ』がその入口になるといいなと思うんですよ。
構成:タカザワケンジ
プロフィール
はとおか けいた
1977年、神奈川県生まれ。専門はアメリカ文学・文化。博士(文学)〈慶應義塾大学〉。現在、明治大学教授。著書にThomas Pynchon’s Animal Tales: Fables for Ecocriticism(Lexington Books)、『映画ノベライゼーションの世界』(小鳥遊書房)、『ラノベのなかの現代日本』(講談社現代新書)など。訳書にスーザン・ソンタグ『ラディカルな意志のスタイルズ[完全版]』(管啓次郎との共訳、河出書房新社)など。
とこう こうじ
1969年、福岡県生まれ。翻訳家・アメリカ文学研究者、早稲田大学文学学術院教授。東京大学大学院総合文化研究科地域文化研究専攻(北米)博士課程修了。著書に『教養としてのアメリカ短篇小説』(NHK出版)、『生き延びるための世界文学――21世紀の24冊』(新潮社)、『大人のための文学「再」入門』(立東舎)など、訳書にトニ・モリスン『暗闇に戯れて 白さと文学的想像力』(岩波文庫)など。