「あいちトリエンナーレ」で話題になった「表現の不自由展・その後」の展示中止問題。政治による「表現の自由」への介入について議論が飛び交っていますが、こうした問題だけでなく、政治家が発する言葉や報道のあり方をめぐっても、気になる点が多々あると、戦史・紛争史研究家の山崎雅弘氏は指摘します。日々の報道に接する中で、私たちは何に気をつけなければならないのでしょうか。東京新聞・社会部記者の望月衣塑子さんと、政治家や報道機関が用いる言葉のトリックについて、語り合いました。
本対談は、2019年10月10日、神楽坂モノガタリにて行われた山崎雅弘氏の『歴史戦と思想戦』(集英社新書)刊行イベントを基に再構成したものです。
山崎 『歴史戦と思想戦』という本を出版して大きな反響をいただきました。特に多かったのは、「南京虐殺はなかった」とか「従軍慰安婦は非人道的な扱いを受けていなかった、ただの売春婦だった」などという歴史を歪曲する言説に対し疑問を持っている方たちから、「彼らの言うことに漠然と違和感を感じたけど、反論できずモヤモヤした気分でいたが、この本を読んでスッキリした」「彼らの主張の何がおかしいのかが、よくわかりました」という声です。
この本で取り上げているのは歴史問題のトリックですが、同じトリックは今現在も、政治問題や社会問題などいろいろな分野で使われています。今日は、今現在リアルタイムの社会問題を追われている望月衣塑子さんに一緒にご登壇いただき、同じようなトリックがあれば読み解いていくことによって、ニュースを読み解く上でも、より深い理解ができるのではないかということで、お願いしました。
望月 よろしくお願いします。『歴史戦と思想戦』は二度読み返したのですけれども、なぜ今これだけ「断韓」とか「嫌韓」とか、テレビが政府のやっていることをチェックせず、むしろ政府の言っていることに乗っかって一緒に断裂を煽ってしまっているのか、こういう現象が私たちメディアの側から出てきてしまっている、根幹にあるものは何なのだろう、という疑問があったのですが、山崎さんの本を読んで解消しました。戦前には内閣情報部という、今の内調(内閣情報調査室)に似た組織があって、メディアや官僚や政治家を使いながら様々なやり方で、いわゆる「思想戦」を展開しようとしていた、と。そこは今の政権と全く同じで、その流れの中で、今の日本のメディアのああいう報道が出てきてしまっているのかな、と再認識させていただきました。
山崎 歴史戦と思想戦を読み解いていくと「受け手の思考を誘導するトリック」が存在することに気づきます。一見、普通の言葉を使っているようで、実は特定の結論や印象に誘導しようという意図的なトリックが、歴史問題でも今の政治問題でも使われている。政治家が意図的にトリックを仕込んだ言葉を使う時、メディアがそれに気づかずにそのまま見出しにしてしまうと、そのトリックを全国に拡散することになってしまう。だから「これはトリックじゃないか?」という目で、本当に注意して見ないといけない。特に最近は非常に巧妙な言葉遣いを用いて印象を誘導しようという手法がよく見られます。
日本人は、政府が何か言った際、善意で好意的に解釈してしまう人が多いように思います。でも、多くの民主主義国でメディアの情報に国民がどう接しているか、あるいはメディアが権力者にどう接しているかというと、「悪意があるかもしれない」と警戒し、決して言うことを鵜呑みにはしないのですね。特にジャーナリズムは、性善説的に権力者の言葉を紹介することは、まずない。「本当は裏があるのではないか」と常に警戒する。そこが今の日本のメディアと違うところです。