「不便益」という言葉をご存じだろうか。不便な物や事柄の中に「有益さ」を見出して、それをデザインや設計などに活かす学問分野らしいのだが、耳慣れない言葉である。そんな「不便益」研究の第一人者が、京都大学デザイン学ユニット特任教授の川上浩司(ひろし)氏だ。
「不便」を研究するとは、いったいどういうことなのか? この研究は将来、どんな発見につながるのか。そもそも、不便益という言葉の正確な意味とは何か? 数々の疑問を晴らすべく、インタビューを行った。
──最近、しばしば目にする「不便益」という言葉が気になって、2017年2月に先生が出版された書籍を見つけて手に取りました。そうしたら、あまりにもタイトルが長くてビックリしました(笑)。
川上 ですよね(笑)。ちなみに、これは「不便益が気になるので、何か本を書きませんか?」と企画を持ち掛けてくれた、ミシマ社という版元の社長さんが提案したタイトルなんです。長くて読みにくいけど、印象に残りやすいでしょう。
──もしかして、タイトルそのものが「不便ならではの効果」を狙っていて、不便益の一例になっているということでしょうか。
川上 そうなんです。ちなみに、この本は途中で紙の色が突然変わっているんですが、気になりませんでしたか?
──気になりました。しかも、章の境目のようなキリの良い場所ではなくて、2章の途中で唐突に色が変わっていますよね。これも狙いがあるのですか。
川上 普通なら、章が変わったところや話が大きく展開したところでやるものを、全然区切りじゃない、章の途中でパッと変えている。「なんでこんなところで色が変わるんだ?」と、思わず立ち止まってしまいますね。
これは編集者の方と話していた時に、いわゆる引っ掛かりとか「つまずき」みたいな不便というのは、実は人の記憶に残りやすいんだという話題になったんです。授業でも資料を寸分の隙も無くピシッと準備して、立て板に水という感じで喋るよりも、途中で先生が「うむむ?」と考え込んじゃった方が、生徒の印象に残りますよね。
そういうわけで、実は「引っ掛かる」という不便は大事だということを示すために、敢えてこんな感じで引っ掛かりを入れてみた、ということですね。下手をすると単なる製本ミスだと誤解されてしまうかも知れませんが……。
プロフィール
1964年島根県生まれ。京都大学工学部、京都大学大学院工学研究科修了。博士(工学、京都大学)。岡山大学助手を経て、現在は京都大学デザイン学ユニット特定教授。「不便から生まれる利益」である不便益研究のパイオニア的存在であり、不便益システム研究所所長を務めている。