5月25日、ミネアポリスで起こった警官によるジョージ・フロイド氏殺害事件。彼が徐々に息絶えていく動画はSNSで爆発的に拡散され、事態は暴動へと発展。事件を起こした警官たちの所属する警察署には火が放たれた。黒人たちへの警官からの度重なる暴力、そして数世代に渡る差別の構造。その鬱積は#blacklivesmatterとなって炎上しアメリカ全土、そして今、全世界へと広がるプロテストとなった。
事件後、ミネアポリス、そしてワシントンD.C.入りした現代記録作家の大袈裟太郎がその内状を記録していくレポート第4弾。
「暴動」の実相
ワシントンD.C.に滞在し取材を進める中で、日本には伝わりづらいBLM抗議活動の実相がしだいに明らかになってくる。それは「暴動」にまつわる細やかな内実についてだ。
BLMプロテストについて日本人や世界中から寄せられる疑問のなかに「差別反対を叫んでいるが、破壊行為や店頭を襲って略奪行為をするのはダメだ」というものがある。私自身も概ね同意するが、米国に行って知ったのは「現場にいるプロテスターたちもそう思っている」ということだ。では、破壊や略奪を行うのは一体誰なのだろう。それにはこの「暴動」に関わる群衆のレイヤーを丁寧に分けて理解する必要がある。すでに米国ではこの分類にひとつずつ名前がついているのだ。
まずはプロテスター。彼らはもちろんこの抗議のメインストリームである。この連載でも紹介してきた通り、マーチ(行進)や集会、そして、音楽や踊り、レノンウォール(壁にメッセージを貼ること)などを通して抗議活動をする。警官による暴力行為が発生した時には警察署に対して集う。社会の不公正に対し声をあげる存在であり、特定の組織ではなく、流動的に参加する市民の集合体だ。もちろん「市民的不服従」を背景に、それがいわゆる「暴動」や破壊行為に発展することもある。ただしそれは第2回の連載(https://shinsho-plus.shueisha.co.jp/news/9707/3)に書いたとおり、事件を起こした警官が逮捕されない状態であることに起因するもので、無軌道に「暴動」を起こしてるわけではない。
プロテスターが警察署に対して集うのに対し、ショッピングモールをめざす者たちがいる。米国では彼らを「looter(略奪者)」と呼ぶ。抗議活動が混沌とし、「暴動」に発展するのに乗じて、彼らは商店を襲撃するなどの略奪行為を始める。プロテスターたちのなかでこの行為を肯定的に語るものは皆無に等しい。抗議活動の印象を悪くし、黒人への差別を補完してしまうからだ。日本で例えるなら、この層は震災が起こった時、ボランティアに見せかけて火事場泥棒をする人々だ。最近のコロナ禍で言うなら、給付金の受給に乗じて詐欺行為を働く半グレのような存在だと例えると理解が早いだろうか?
日本のメディアの報道姿勢では、このプロテスターとルーターの違いが明確にされず、間違った解釈が浸透していると感じる。
さらにはプロテスターに紛れて、より過激に混沌を煽動しようとする「インスティゲイター」の存在もある。彼らはプロテスター同士の対立を煽ったり、より荒れた方向に「暴徒化」させることで、抗議の印象を悪くしたり、警察の暴力的な運用のきっかけを作り出す。権力者を利する目的のために動く存在なのだ。
昨年の香港で、警察によるプロテスターのなりすましを幾度も確認してきた私にとっては、然もありなん。という話だ。白人至上主義者がANTIFAを名乗り、この「暴動」を煽動していた事実もすでに報道されている。
また、区分の難しい存在として「フリーライダー」もいる。抗議の本質と関係なく混ざり、行動を共にするものたちとでも言おうか。アクティブ型フリーライダーの代表例は、無意味に破壊を繰り返す「ブラックブロックス」。これは世界のプロテストの現場に乗じて破壊を繰り返すアナキストたちで、黒づくめの服装が特徴だ。反資本主義や反グローバリズムを標榜し、闇雲に企業などを破壊する。BLMの本質から離れているため、プロテスターによって彼らが拘束され警察に突き出される動画もいくつか出回っている。
無目的型フリーライダーの存在もある。主にジャンキーやホームレスの場合が多いが、プロテスト現場に利他的な目的ではなく、利己的な目的で参加しているように見える(もしくは現場で薬物などを使用し楽しんでいる)。2011年のオキュパイ・ウォールストリートは彼らの流入によって破綻したとの見方もあるし、次回に触れるシアトルの「CHOP自治区」もこうした存在の流入によって崩壊したように思う。
ただ、一般的なプロテスターとの区別が難しく、人権的な観点から区分や排除が困難な存在である。この構造を利用し、無秩序状態を作り出すために権力側が送り込んだ「怠慢型インスティゲイター」が混ざっている可能性も指摘されている。
ある日、食材の買い出しにホールフーズへ行く途中。私はチャイナタウン付近にある床屋を訪れた。スパイク・リーの映画に出てきそうな店構えに惹かれたし、店内でCNNが流れていたので、トランプ支持ではないことに期待が持てた。
実は床屋には街のリアルな情報が集まる。ストリートの感覚というか、街の噂話やメディアに載らないこぼれ話が聞けることがあるのだ。だから自分はどの街でも、香港でも石垣島でも東北でも、床屋に行くことをルーティンにしてきた。30代後半ぐらいの、自分に年の近い黒人の店主と他愛のない話をしながら髪を切ってもらう。ろくに英語もできないはずなんだが、軽口というか下町のノリというのか、こういうところでなぜか自分はすぐ仲良くなってしまう。
「トランプはマジでやばいぜ。コロナウィルスよりやばい。あいつはcrackerだぜ」と、白人を指すスラングを彼は口にした。その時は気づかなかったが後で調べると、それは白人の奴隷主が黒人奴隷に鞭を振るう音が語源だそうだ。言葉ひとつとっても歴史が刻まれている。
「日本はCOVIDはどうなんだ?」と聞かれたので、「いやー、良くないよ。政府が対策に失敗している」と答える。「え? 日本のプレジデントもやばいのか?」と彼が聞くので、「あー、やばいよ、レイシストで、まるでトランプの犬だ」と言うと、「マジかよ?じゃあそいつもcrackerだな」と顔をしかめた。
言葉は通じないけど、話は通じる。なぜか日本を出ると、いつも自分にはその感覚があって、米国でもやはりそうだった。散髪が終盤に入ると床屋の窓ガラスを業者が工事しているのが目に付く。「あれ、窓ガラスどうしたの?」そう聞くと彼は屈託なく答える。「ああ、先週のマーチで割られたんだよ」
「マジか? 直すの高いんじゃないの?怒らないの?」
「原因は警察が黒人を殺したことだ。その構造が変わるならメリットしかねえぜ」(意訳)みたいなことを早口で言って、かっこいい!と思わず惚れそうになり、「You are so COOL!」と言うと、彼は眉に力を入れてドヤ顔をした。なんとも愛らしい瞬間だった。
思えば彼が「RIOT(暴動)」ではなく「MARCH(行進)」と言ったことも象徴的だった。街の人々の中に「市民的不服従」の概念が当たり前に浸透していることを心強く感じた。会計を済ませ、ごきげんで床屋を出ると、割れた窓ガラスの外側は、BLMについてのメッセージがベニア板に描かれていた。街中がそうだった。すでに割られた場所も、対策のためにベニアを貼っている場所も、多くの商店がBLMに関するメッセージやアートを掲げていた。さながらそれは展覧会のようで、このプロテストを肯定的に後押ししていた。
プロフィール