日本人がまだ知らないBLMプロテストの実相

大袈裟太郎のアメリカ現地レポート④ ワシントンD.C
大袈裟太郎

 Juneteenth 奴隷解放の日

 米国では6月19日は自由の日、解放の日などと呼ばれ、1865年の6月19日に奴隷解放の命令が読み上げられたことに由来する。全米で黒人たちが自由を祝う日だ。今年はBLMのムーブメントもあり、オクラホマ州タルサに多くの人が集い、反差別のマーチが企画されていた。

 このタルサとは今から99年前の1921年、白人が暴動を起こし、200人近い黒人を殺害した歴史的な場所である。ところが、トランプ大統領が突如、このタルサに自身の支持者を集めて集会を開くことが発表されたのだ。これにはD.C.のプロテスターたちも怒り心頭だった。「奴隷解放の歴史さえもこの大統領は踏みにじるのか?」「やつは時計の針を奴隷解放以前に戻すつもりなのか?」

 トランプがとくに言及しなくても、その行為が指し示すものが黒人の尊厳の破壊であることは明白だった。そしてここから状況は一変する。プロテスターへの攻撃がより具体的なものになっていくのだ。

 

 八村塁選手も参加した抗議デモ

 雨の中、プロテスターたちはホワイトハウスをめがけて歩いていく。黒人女性たちの歌うようなコールアンドレスポンスに魅了される。天真爛漫で楽しげで、力強く、そして次々に新しい言葉を生み出していく。彼女らの叫びが強ければ強いほど、この黒人への差別構造の中でさらに弱い立場に置かれている黒人女性という存在について向き合わざるを得なかった。

奴隷解放の日、雨の中を行進するプロテスターたち

小さな子どもも拳を掲げる

 ホワイトハウス前に着くと雨が上がった。音楽が流れ、人々は踊る。笑顔を見せる。この日はとくに盛大だった。あらゆる表現があふれていた。オールドスクールから最新のものまでヒップホップのビートが腹に響く。同じ踊りを皆で踊り出す。女性たちのドレッドヘアがいっせいに回転する。胸元にFUCK TRUMPのバッジが輝いている。今日はとにかくブラックカルチャーをすべて爆発させるんだ! 誇らしく自由な笑顔を見せつけてやるんだ! そんな意志が伝わってくる。こちらもそれを浴びてしばし緊張を解かれる。

マスクをして踊る女性たち

 思えば僕自体の人生もヒップホップやソウル、ファンク、ブルースなど、黒人音楽によって支えられてきたものだった。マイノリティとして彼ら彼女らが奪われながら、それでも守ってきたものが、現代の日本にまで届き、僕もそれに支えられ、魅了され、ラッパーとして生きてきた。記者として米国を訪れた僕だったが、一周回って日本のラッパーとして自分が生きてきた道とつながった気がした。ブラックカルチャーに人生を支えられてきた者として、僕はブラックカルチャーに恩返しをしなくてはならないと切に感じた。

 日本でラッパーとして活動している人々がなぜもっとこのBLMに声を上げないのか、もどかしく思った。黒人文化を理解し、愛し、そしてそれを生業にするなら、そのルーツや歴史、そして今のこのプロテストにリスペクトを捧げるのが当然の姿だろう。むしろそれができないのなら、文化の盗用と言われても言い訳できないのではないか? そんなことを考えながら僕も音楽に身を委ねていた。苦くて甘い、しかし幸福な時間だった。

夜は繁華街で黒人たちが花火を上げていた。花火は違法だが、お構いなしだ

ショウウィンドウのマネキンまで拳を突き上げていた

 僕は次の行き先をシアトルに定め、チケットをとった。シアトルではプロテスターに囲まれた警察署から警官がいなくなり、その周囲をCHOPという自治区にする実験が始まっていた。この自治区は市長とも交渉し、市からの予算配分も約束されているという。新しいことが始まっている気がした。それを撮りに行かなければと思った。

 空港に向かう途中、昨夜ミネアポリスで銃乱射があり、10名が負傷、2名が死亡したというニュースが入ってくる。僕が先週まで過ごした街だ。凍りつくという言葉では表現しきれないほど心が重く、脂汗が吹き出た。先週会った誰かが、死んでいるかもしれない、撃たれたかもしれない。一歩間違えれば自分も……日本で銃乱射事件ニュースを見た時には感じなかった直接的な死の影がこの日以降、執拗に私を追いかけてくる。

 ミネアポリスから飛び、トランジットのアトランタへ着く。iPhoneを開くと、これから向かうシアトルのCHOPでも深夜に連日銃撃があり、黒人少年がひとり射殺されたとの情報が飛び込んでくる。始まった。恐れていたことが始まったのだ。奴隷解放記念日の夜を境に、全米でプロテスターへの銃撃が始まったのだ。どの犯人もまだ逮捕されていない。すべてトランプがタルサでの集会を発表してからのことだ……点と点が線になる。

 ミネアポリスで話を聞いた黒人男性から無事であることを伝えるメッセージが届く。「現場は治安の良くない地域で犯人はまだ逃走中である。これがヘイトクライムかはわからない。そうであってほしくない。人種差別とは別問題として、米国が銃の国であることは最悪の問題。銃は解決策にならない」

 そして彼のメッセージはこう締めくくられていた。

「注意してください。銃の国である以上、アメリカに安全な場所は存在しない」

 僕は、空港のベンチから足が一歩も動かなくなった。その時初めて、帰りたいと思った。

 

 取材・文・写真/大袈裟太郎=猪股東吾

 (つづく)

 

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プロフィール

大袈裟太郎
大袈裟太郎●本名 猪股東吾 ジャーナリスト、ラッパー、人力車夫。2016年高江の安倍昭恵騒動を機に沖縄へ移住。
やまとんちゅという加害側の視点から高江、辺野古の取材を続け、オスプレイ墜落現場や籠池家ルポで「規制線の中から発信する男」と呼ばれる。 
2019年は台湾、香港、韓国、沖縄と極東の最前線を巡り、2020年は米国からBLMプロテストと大統領選挙の取材を敢行した。「フェイクニュース」の時代にあらがう。

 

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