福島は世界に復興をアピールする“ショールーム”と化した

五輪聖火リレーコースを走ってみた! 第1回
烏賀陽弘道

 前置きが長くなった。聖火リレーのコースをたどってみよう。いずれも原発から半径20キロ圏内、かつて住民が強制避難させられた区域である。

 現地を訪ねた2020年8月下旬は「猛暑」を通り越して「酷暑」と呼ばれた、暑い暑い夏だった。

 聖火リレーのスタート地点、Jヴィレッジに立つ。暑い。気温計は37度を指している。Jヴィレッジは、サッカーのトレーニング施設として名前が知られている。もともとは「原子力発電所立地地域の振興事業」として130億円をかけて東京電力が1997年につくった施設だ。その後、福島県に寄付された。今も東電は運営会社「株式会社Jヴィレッジ」の株主であり、副社長には東電役員が就任する。

 東日本大震災まで、福島県には東京電力が運営する「福島第一」「福島第二」2つの原子力発電所があった。しかし、どちらも福島県には電気を供給していなかった(福島県は東北電力の管轄地)。福島県は、東京電力が管轄する首都圏の電力供給のために、原発2つを引き受けたということだ。東電がJヴィレッジを作って同県に寄付したのは、その「お礼」である。

 原発事故が進行していた当時は、住民の避難など現地対策場所として国が使った。除染作業が進行していたときは作業員の集合やスクリーニング(被曝量検査)・除染に使われていた。スポーツ施設として再開したのは2018年のことである。その後も、駐車場で除染漏れが見つかったり、除染土を勝手に再利用したことが発覚したりと、あれこれ報道されている。

 いま、炎天のJヴィレッジには人の姿がない。人工芝のピッチもしんと静まりかえっている。新型コロナのせいで利用者受け入れを控えているのだろう。敷地の隣には「広野火力発電所」の巨大な煙突が見えている。東京電力と中部電力が出資した発電所だ。ここが電力会社のつくった施設であることを嫌でも思い出す。聖火リレーのスタート地点に来たつもりが、いきなり電力会社がらみの場所に来てしまった。

 直射日光がじりじりと頭頂部を焦がす。焼けたアスファルトからは熱気が立ち上り、立っているだけでだらだらと汗がしたたり落ちる。走る前から脱水状態になりそうだ。当方は57歳の初老の身である。生命の危険を感じる。

 というわけで、ひとつだけズルをした。

 自分の足でコースを走ることができれば、まさに聖火ランナーの再現として申し分ないのだが、悲しいかなそこまで体力に自信がない。なので自転車で走ることにする。これならスピードもランナーに近いだろう。

 Jヴィレッジの全天候型練習場の白いドーム前を折りたたみ式自転車でスタートした…が、ムゴい。ゴールのJR常磐線「Jヴィレッジ駅」まではゆるやかな上り坂だ。ペダルが重い。太ももがギシギシと痛み、膝がガクガクと震える。同行した担当編集・カメラマン両氏は、エアコンの効いたワンボックスカーでさっさと先に行ってしまった。意識が遠のく。さわやかに走り抜ける聖火ランナーでイメージトレーニングをしたのに。いきなり一発目から辛すぎて挫折しそうだ…と思いきや、上り坂が終わり、視界がひらけた。Jヴィレッジ駅だった。

 あれ? もうゴールなのか? ゴールだった。実にあっさりとゴールインしてしまった。5分も走っていない。新築ピカピカのJヴィレッジ駅前でしばし休憩。この駅も震災当時はなかった。開業したのは2019年4月である。

 それにしても、おかしい。公園のようなJヴィレッジの中をちょこっと動いただけでコースが終わってしまった。聖火リレーというのだから、もっと長距離を走ると思っていたのに拍子抜けだ。小綺麗な公園のようなJヴィレッジには、原発事故を思い出させるものは何もない。そもそも、スポーツ施設の中なのだから、民家や商店といった普通の人々の生活に関係するものが何もない。ここを聖火ランナーが5分足らず走って、何が復興なのだろう?

 不思議に思って各市町村のコース図を改めて見てみる。そもそも、ランナーが福島県内をずっと走り継ぐのかと思ったら、全然違う。各市町村にそれぞれ1キロちょっとのコースが設定されている。予定されていた初日(3月26日)の一日だけで、Jヴィレッジ→楢葉町→広野町→いわき市→川内村→富岡町→大熊町→葛尾村→浪江町→南相馬市と、それぞれ1キロちょっと(いわき市、南相馬市だけやや長い)のコースを走っては次の町へと移動するだけなのだ。

 ちなみに、この初日に聖火ランナーが走るJヴィレッジ~南相馬市は、いずれも福島第一原発事故でもっとも甚大な被害にあった太平洋沿岸(通称・浜通り)の市町村である。

全聖火リレーのスタート地点、Jヴィレッジのコース。わずか700メートルほどの上り坂

スタート地点。屋外サッカー場にも人はいない

緑がきれいなコースだが、上り坂のため必死でペダルをこぐ烏賀陽氏

Jヴィレッジ駅に到着。きれいな駅だが、誰もいないため寂しい雰囲気

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プロフィール

烏賀陽弘道

うがや ひろみち

1963年、京都府生まれ。京都大学卒業後、1986年に朝日新聞社に入社。名古屋本社社会部などを経て、1991年から『AERA』編集部に。1992年に米国コロンビア大学に自費留学し、軍事・安全保障論で修士号取得。2003年に退社して、フリーランスの報道記者・写真家として活動。主な著書に、『世界標準の戦争と平和』(扶桑社・2019年)『フェイクニュースの見分け方』(新潮新書・2017年)『福島第一原発メルトダウンまでの50年』(明石書店・2016年)『原発事故 未完の収支報告書フクシマ2046』(ビジネス社・2015年)『スラップ訴訟とは何か』(2015年)『原発難民』(PHP新書・2012年)     

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