この道路を聖火ランナーが走る。両側に人々が集まり、色鮮やかな旗を打ち振る。それをテレビが映し、世界に中継する。たった1キロあまりのコースの両側は、津波と原発事故で破壊され荒廃していた町から、新築だらけの被災の痕跡を消去した街となったのである。しかし、富岡町は原発に近い北部4分の1は今も立ち入り禁止のままだ。先に述べた「夜の森駅」の周辺である。片側一車線道路のこちら側は平常なのに、反対側は金属フェンスが張られて、住民すら入れない。9年間荒れ果てた商店や民家が並んでいる。夜の森駅前は、駅に続くアクセス道路だけを除いて、街全体が金属フェンスで封鎖されたままだ。
聖火ランナーはそんな原発事故の爪痕が残る街区を避けて、富岡駅前の新築の街を走るのだ。そんな映像だけ見ていれば「フクシマは復興した」という「印象」「イメージ」だけはばらまくことができる。しかし原発事故で荒れ果てた街区は映らない。「住民の95%がいなくなった」ことも映像には映らない。「印象」「イメージ」は現実からはかけ離れている。
なるほど。「富岡駅前」「聖火ランナー」を組み合わせれば「復興の演出」として実によくできている。
富岡町だけではない。原発事故で強制避難になった市町村を回ると、決まって役場、小中学校、住宅団地、道の駅などが新築され、ピカピカになった街区が出現する。どの市町村に行っても、聖火リレーのコースに指定されているのは、そんな新築の施設や街区である。そこだけは徹底的に除染され、線量を下げてあることはいうまでもない。
(次回につづく)
取材・文/烏賀陽弘道 撮影/五十嵐和博
図版作成/海野智
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プロフィール
うがや ひろみち
1963年、京都府生まれ。京都大学卒業後、1986年に朝日新聞社に入社。名古屋本社社会部などを経て、1991年から『AERA』編集部に。1992年に米国コロンビア大学に自費留学し、軍事・安全保障論で修士号取得。2003年に退社して、フリーランスの報道記者・写真家として活動。主な著書に、『世界標準の戦争と平和』(扶桑社・2019年)『フェイクニュースの見分け方』(新潮新書・2017年)『福島第一原発メルトダウンまでの50年』(明石書店・2016年)『原発事故 未完の収支報告書フクシマ2046』(ビジネス社・2015年)『スラップ訴訟とは何か』(2015年)『原発難民』(PHP新書・2012年)