減量の実践法として、第9回・第10回では食事編、第11回では運動編を伝えました。今回(最終回)は行動編として、「行動療法」について、読者や担当編集者の減量体験、また「減量の壁」の対処法を含めて紹介します。
行動療法は、肥満の原因となる生活習慣を見直して実践し、長期的に無理なく体重を管理できる力を身につけることを目的としています。
■22㎏減量した人が実践したことは
はじめに、減量と腹やせ、糖尿病と高血圧の改善を実現した読者の実体験を紹介します。
小松晃さん(55歳・男性・会社員・金融)は身長167㎝で、35歳の時点で体重約80㎏、BMI約28、体脂肪率約25%、腹囲約95cmで肥満の体型でした。翌年には血糖値が115、HbA1C(ヘモグロビンエーワンシー。糖尿病診断の指標のひとつ。第7回参照)は6.8となり、健康診断で「要受診」となりました。
その後、「30代で生活習慣病!?」と心配した妻に強く勧められ、食事の見直しと運動に加え、「体重、体脂肪率、血圧を毎日記録する」ことをスタートしたと言います(図1)。
食事は、「朝は牛乳をかけたフルーツグラノーラ、昼は会社の社員食堂の定食なので揚げ物を含めてボリュームがありますが、夕食は炭酸水とキャベツとタンパク質1品だけにして、ゆっくりかむようにしました」とのことです。
小松さんは、「炭酸水を飲むのは、酒の代わりにのど越しを満足させたいのと、おなかもふくらむからです。夕食後はさっさと歯を磨きます。これで夜の間食をやめることができました。最初は空腹が気になりましたが、すぐに慣れました。それにその状態で就寝すると、翌朝の体重が減っていることに気づいたんです」と経験談を続けます。
「空腹だと眠れないから食べてしまう」という人も多いのですが、小松さんによると「いまでは逆に、満腹で寝るほうが寝つきが悪いです。空腹の方がしっかりと眠れていると感じます。『寝て起きたら朝ごはんが食べられる』と思って寝るんです。それで慣れていきました」
飲酒については、「酒は好きなほうですが、平日は会社の飲み会以外では飲まないようにしました。火曜ぐらいに飲みたくなりますが、がまんすると水曜には気にならなくなります。金曜の午後ぐらいからは週末に酒が飲めると思い、テンションが上がります。休日は350ミリリットルの缶ビール1本と、同量のチューハイなどを2本ぐらいです。わたしには、翌日に残らないちょうど良い量です」
■体重と血圧管理のカギは「記録ノート」にあった
また小松さんは、太っていた35歳までは「まったく歩いていなかった」そうですが、減量計画開始とともに毎日22時には寝て朝4時ごろに起き、休日は起床後すぐに、水も食事も口にしないでマラソンに出かけ(これは注意あり。後述)、平日は職場から帰宅時に毎日1時間はウォーキングをしているそうです。
通勤には「走って歩ける靴」に変えて歩数計で計測し、「少しの距離でも意識的に歩いた」ところ、毎日約15,000~20,000歩を歩くようになったと話します。
さらに行動の変化としては、毎日10分バスタブにつかる入浴をかかさないこと、食事と運動と睡眠はできるだけ同じ時間帯にすること、さらに先述の「記録ノート」を毎日つけることでした。
するとすぐに体重はするすると落ちていき、約6カ月で12㎏ダウンの65㎏となり、さらにその1年3カ月後には60㎏に、その後は10年超をかけて徐々に減量とキープを心がけ、現在は約55㎏・BMIは約20で安定しているとのことです。肥満だったころから約20年を経て、トータルで約22㎏の減量です。
図1を見てください。日々の体重などがびっしりと記されています。



■減量開始後、9カ月で糖尿病と高血圧が改善した
小松さんは、減量体験についてこう話します。
「記録ノートがやる気のキープになりました。驚いたのは、あきらめていた血糖値やHbA1c、血圧の数値が減量とともに標準値に戻ったことです。治療で薬を飲んでいた期間は、高血圧、糖尿病とも3カ月ごとの検診3回目までで約9カ月です。血圧は45歳ごろから上がり、一時は上が160となりましたが、ここ5年は上120/下65ぐらいで安定しています。
さらに、減量するにつれて気になっていた背中の大量の吹き出物もすっかり治り、人見知りだったのがよく人と話すようになったことが自分でも発見でした。
数字が改善されていくと記録が楽しくなる好循環で、20年近くいまも続けています。太ると、前日の習慣を振り返ってその原因に気づく効果もあります。自分の体型や健康状態の自覚と再認識をくり返してきました。
目標体重は設定していたけれど、デニムのサイズが36インチから28インチになった時点で忘れ、以降は『現状キープ』を目標にしました。
加えて、父は心不全で亡くなり、母は脳血栓で治療中なので、年齢とともに遺伝的にも生活習慣病予防を強く意識するようになりました」
小松さんの場合、血管の健康を目的とした生活習慣の改善で減量と腹やせをし、糖尿病も高血圧も克服できたケースです。月単位で成果が現れ、年単位、十年単位での試みと改善のキープは素晴らしいことです。
ただひとつだけ、起床後に飲まず食わずでランニングをするとのことですが、第11回の運動習慣の話で詳しく説明したように、それは危険を伴います。今後は必ず、水分を飲み、消化がよいヨーグルトやフルーツを食べてから運動を開始してください。
■「体重の記録」で行動が変わる
小松さんの実践法のように、記録することによって自分の心身の変化に気づく「自己モニタリング(自分観察)」は、減量や生活習慣の見直しの行動療法として有効です。
体重、食事や間食、飲酒、歩数や筋トレなど運動の内容と時間、睡眠時間や状態などを日々記録します。これを「レコーディング・ダイエット」と呼ぶ人もいます。
自己モニタリングを実施する頻度が高い人ほど、体重減少の成果が大きいという研究報告があり、手帳やノートなどの紙・スマホのアプリなどデジタルの形式を問わず、記録の継続は行動変容と自己管理の強化につながることがわかっています(※1)。
現在はアプリの性能が進化し、スマホで食事の写真を撮るとカロリー計算や栄養素分析をするタイプや、歩数、血圧、血糖値などを一括管理するタイプがあります(後述)。「体重 記録」や「レコーディング・ダイエット」などのキーワードで検索すると、多くの種類が見つかります。
体重は周知のとおり、1日の間でもかなり変化します。1日の生活リズムの根幹は朝昼夕の食事、起床と入眠の5点ですが、昼食後の体重計測は難しいことが多いため、日本肥満学会作成の「肥満症診療ガイドライン2022」では、「起床直後」「朝食直後」「夕食直後」「就寝直前」の4つの時点での計測を推奨しています。数字を入力すると自動でグラフ化されるアプリを使うとよいでしょう。
とくに、夕食直後から就寝直前の体重減少幅が大きいほど、内臓脂肪は減っていくことがわかっています。
記録中にはっとする人は多いのですが、1日3食とも適量を同じ時間帯にリズムよく食べたときのグラフの線は整った山型になります。しかし、ドカ食い、間食が多い、外食が続く、夜更かし、夜食、過度のダイエットや運動、リバウンド、便秘や下痢などがあると、山型は崩れます。ただし面倒な場合は、1日のうちでもっとも体重が低い「起床後、トイレに行った後」に計測して記録するだけでも効果はあります。
また、自己モニタリングは、各医学会が生活習慣病の行動療法として推奨しています。記録は自らの生活習慣を「見える化」することになり、食べ過ぎや運動不足に気づきやすく、行動の改善につながります。また、受診の際に持参すると診察の役に立ちます。
体重が増えると意欲がダウンすることもあります(「減量の壁」について後述)。しかし、あらかじめそうした変動は織り込み済みでスタートし、体重の変化が何に起因しているかを知ろうという軽快な感覚で記録を続けましょう。長い目で見た傾向の把握こそが重要です。
■「食行動質問表」で食行動の偏りがわかる
実際に医師が肥満症(第2回参照)の患者さんに行動療法を実施する場合、「肥満症診療ガイドライン2022」に掲載されている「食行動質問表」を用います。これはネット上で公開されているので、誰でも自分で確認することができます
(https://www.jasso.or.jp/data/magazine/pdf/medicareguide2022_09.pdf)。左のリンク先のP.65・66に掲載されています。
具体的には、次のような質問が55項目、並んでいます。質問数が多いと感じるかもしれませんが、質問は肥満症の患者さんの感想から作成されたもので、現実的で答えやすく、所要時間も5~10分程度でしょう。日ごろ認識していない食習慣の問題点を探り出し、客観的な評価法として作成されています。
1 早食いである
2 太るのは甘いものが好きだからだと思う
3 コンビニをよく利用する
4 夜食をとることが多い
5 冷蔵庫に食べ物が少ないと落ち着かない
¦
55 食事の時は食べ物を次から次へと口に入れて食べてしまう
各質問について、「そんなことはない…1点」「ときどきそういうことがある…2点」「そういう傾向がある…3点」「まったくそのとおり…4点」のいずれかを選んで回答し、合計点数を出します。
55の質問は図4のように7つの領域に分類されます。各領域の小計点数を自動で一瞬で計算し、図4のようにグラフ化(食行動ダイアグラム)してくれる、次の企業サイト(https://pharmaceutical-jp.fujifilm.com/karoyaka/improve/questionlist.html)があるので、これを利用するとよいでしょう。
グラフで「もっとも点数のパーセンテージの高い領域」に注目しましょう。図4の場合は、「代理摂食」のくせ(他人につられて食べてしまう・イライラすると食べて発散するなど)が高得点で、問題があることがわかります。そこで、ストレス解消を食事に頼らずに趣味やウォーキングなどで解消するなど、行動を改善していきます。

食行動質問表は、食生活が異常か健常かを判断する基準や診断ツールではありません。食習慣における自分の感覚の「くせ」や「ずれ」の程度と強さを認識するためにあります。
その意義は同ガイドラインにも記されていますが、質問に答える過程で「言われてみれば確かにそうだ」と自分の食行動の偏りに気づくことです。治療では食行動ダイアグラムを患者さんと確認しながら検討します。
■「睡眠」と「太りやすさ」の密接で危うい関係
睡眠時間が短かったり、夜更かしなどで不規則だったりした翌日は、なぜか食べ過ぎた、体重が増えたという経験はありませんか。
睡眠の時間や質が、肥満のリスクを高めることが近年の研究で明らかになっています。とくに睡眠時間が6時間未満の短時間睡眠者は、適正な睡眠(7〜8時間)をとっている人に比べて、肥満や内臓脂肪蓄積のリスクが有意に高まることが、複数のメタアナリシス(集めた研究のデータを統合して、数字で効果の大きさを分析する方法。エビデンスレベルが高い)で報告されています。
たとえば、18の前向きコホート研究を対象にした系統的レビュー(あるテーマに対して多くの研究を集め、全体の傾向や共通点を評価した報告)では、短時間睡眠が腹部肥満のリスクを約8%増加させるといいます(※2)。
その背景には、複数の生理的な要因が関係しています。睡眠不足は、食欲を抑制するホルモン「レプチン」の分泌を減少させる一方、空腹感を増す「グレリン」を増加させることがわかっています(第2回、第10回参照)。
また、インスリン感受性(第3回参照)の低下や基礎代謝の減少、さらにはストレスホルモンであるコルチゾールの上昇なども確認されており、これらが総合的に体重増加へとつながります(※3)。
さらに、睡眠の「質」ももちろん重要です。中途覚醒が多い、寝つきが悪い、早朝に目が覚めて眠れないなどの睡眠障害も、体脂肪率の上昇や肥満と関連していて、このことは日本の若年女性を対象とした研究でも指摘されています。
なお、9時間以上の長時間睡眠も肥満のリスクと関連があるという報告もありますが、その因果関係については今後の研究成果が待たれます。
近年では、腸内細菌(第10 回参照)や消化管ホルモンとの関係も注目されています。短時間睡眠は腸内細菌の多様性を低下させ、エネルギー代謝や炎症に悪影響を及ぼします(※4)。
この連載の前半で詳細に説明してきた、食欲を抑える消化管ホルモン「GLP-1」の分泌も低下しやすくなり、食べ過ぎの一因となります(※5)。睡眠は消化管ホルモン・腸内環境の両面から体重調節に密接に関係していて、良質な睡眠を確保することは肥満予防に欠かせません。
このように、睡眠とは、適切な体重や健康を維持するうえで食事や運動と並ぶ生活習慣の柱です。健康上はもちろん、肥満予防の観点からも、「7~8時間、かつ質の高い睡眠」が重要です。
■動脈硬化性疾患発症予測サイト「これりすくん」
肥満をはじめとする生活習慣病は、動脈硬化から心筋梗塞(こうそく)、狭心症などの心血管疾患、脳梗塞や脳血栓、くも膜下出血などの脳卒中を引き起こす要因となると述べてきました。そこで日本動脈硬化学会は、一般の方向けに、「脂質異常症」かどうかを把握し、動脈硬化性疾患の発症を予測する「これりすくん」というサイトを開発し、公開しています。誰でも無料で利用できます。
パソコンではWEB版(図5参照)で、スマホやタブレットではアプリをダウンロードして用います。年齢、性別、喫煙習慣、血圧(上と下)、耐糖能異常(血糖値の異常)、血液検査の結果のLDLコレステロール値、HDLコレステロール値、もしくは総コレステロール値とトリグリセライド(中性脂肪)の数値を入力すると、「あなたのリスク・10年以内の動脈硬化性疾患発症確率」(低・中・高と、%)と、「同年齢、同性で最もリスクが低い人と比べての発症確率」(倍数)が表示されます。
血液検査の結果を確認して、コレステロールと中性脂肪の数値が基準値以内であっても、毎回セルフチェックをしてみてください。「これりすくん」は、現在の状態と、「10年以内」のリスクがわかることがポイントであり、10年単位での生活習慣の見直しが有用であることを示しています。

■3年後に糖尿病になるリスクを予測するツールがある
30~64歳までの人を対象に、国立国際医療研究センターが、「3年後に2型糖尿病になるリスクをパーセントで予測する」ツール「糖尿病リスク予測ツール 第3版」を開発し、公開しています。これも誰でも無料で利用できます。
血液検査の結果を記入しなくても診断できるパターンと、血液検査結果を追加入力して計測する2つのパターンがあります。
このツールでは、現時点でのリスクの確率を知るだけでなく、糖尿病のリスクとなる要因を理解できます。体重や血圧といった要因が上昇した場合には発症率がどの程度高まるか、また、どこを改善すれば危険度が下がるかがひと目でわかるようになっています。
現在の予測を出してから、年齢をプラス5歳にしてみる、体重をプラス2㎏にしてみる、血圧をプラス10ぐらいにして入力する、あるいはその逆などにして、あれこれと試すと、パーセンテージが変化します。すると、自分のどの要因が危険なのか、体重なのか、血圧なのか、喫煙なのか、どうすれば糖尿病発症の危険が低くなるのか、といった理解が進みます。ぜひ試してみてください。

■自己モニタリングのためのアプリ5つ
スマホには歩数計や付随する記録アプリが標準で搭載されているように、減量や生活習慣病予防、また自己モニタリングに日常で使えるアプリはいまや無数にあります。どれを使おうかと迷う人も多いでしょう。
選ぶ際にはまず、アプリの信頼性を確認してください。医療機関や専門家と連携して開発されたものや、公的機関や自治体で使用が勧められているものが望ましいでしょう。
数年前に取りざたされた、「血液採取をしなくても血糖値を測定できる」というスマートウォッチなどはいまも通販市場で見かけますが、アメリカの食品医薬品局(FDA)は2024年2月に、日本糖尿病学会は同年4月に、「皮膚に針を刺さず血糖値を測定できる」とうたうスマートウォッチなどに対し、「使用を強く推奨しない。皮膚穿刺なしの血糖測定は不正確で危険であり、糖尿病治療に誤った対応を招く可能性がある」と警告しました。健康にかかわる場合はとくに慎重に選びましょう。
ここで現在、自治体や企業、健康保険組合などとの連携実績が多数あるアプリを5つあげておきます。インストール先は各アプリ名で検索してください。
1.あすけん|AI食事管理アプリ
食事の写真を撮るだけで、AIが自動でメニューを判別し、カロリーや栄養素を計算。管理栄養士監修の食事アドバイスが受けられる。体重、体組成、運動時間、消費カロリーなどの記録や、ユーザー間で情報交換も可能。
2.カロママ プラス|AI健康支援アプリ
食事・運動・睡眠を記録すると、AIがカロリー計算や栄養バランスを分析し、改善点や次の食事を提案。管理栄養士とのチャット機能もある。大阪・関西万博の健康増進プログラムとも提携(期間限定)。
3.グッピー ヘルスケア|総合健康管理アプリ
ストレスチェック(厚労省推奨形式)や体重、睡眠、運動の管理が総合的に行える。ラジオ体操やエクササイズの動画視聴、医療機関検索、健康診断管理なども可能。
4.カロミル|食事写真で栄養管理アプリ
食事を撮影するだけでカロリーや栄養素をAIが解析、自動で栄養素ごとに計算。体重と体脂肪も撮影するだけでグラフ表示する。3か月後の体重を予測し、減量のためのアドバイスもあり。
5.みんチャレ|行動変容を支援する習慣化アプリ
匿名5人のチームで励まし合い、減量、食事改善、禁煙、禁酒、運動各種、睡眠、早起きなど習慣化を目指す。「Google Playベストアプリ」を3度受賞。高齢者活動支援事業も開始し、中高年の利用者が増加中という。
■「意識」(マインドセット)で減量は可能か
この連載の編集担当である女性Aさん(63歳)が、「編集作業を開始してから数日で、ダイエットをしていないにもかかわらず、なぜか体重が減りはじめ、1か月で約6㎏、約10%も減量できました。血液検査では全項目が基準値の範囲で異常なしです。その後、今日まで半年以上、その体重を維持しています。食事をすると早めに満腹感を得るようになり、それ以上食べると胃がもたれるので、連載前よりも食べる量が減りました」と話します。
この連載のスタート時は、肥満症や糖尿病の新薬について述べました。ちょうど同薬の副作用として、「胃もたれ」「早期膨満感」があることを書きました。
Aさんは、「無意識のうちに記事内容に影響を受けていたように思います。薬を飲んでいないのに、副作用の症状に似た状態になって、食事量が減って結果的に減量していたわけです。食事はおいしく食べているので、情報認識の効果では、と思っています。
それに、記事では『目標体重はBMI22』と紹介していましたが、わたしの体重減少もまさにBMI22で止まり、いまその数値を維持しています。運動量は以前と変わらず、歩数は毎日約5000歩で、筋トレかストレッチは毎日20~30分です。やはり意識の影響が大きいのでは」と不思議そうに言います。
実は減量には、食事や運動といった行動面だけでなく、「意識」や「考え方」も深く関係していることがわかっています。近年では、心理的アプローチを取り入れた減量支援の有効性が注目されて、複数の研究でその効果が報告されています。
たとえば、第10回で触れた、いまこの瞬間の感覚や感情に注意を向ける「マインドフルネス」は、食べすぎの抑制やストレスの軽減に役立つとされており、19件の研究のうち13件で有意な体重減少が報告されています(※6)。
また、「体重は自分の努力次第で変えられる」という「成長マインドセット」(アメリカ・スタンフォード大学の心理学者が提唱)を持つ人は、途中で挫折しても再び取り組む傾向が強く、長期的に体重を維持しやすいといいます(※7)。
さらに、「いつ・どこで・何をするか」を前もって具体的に決めておく「実行意図(implementation intentions)」も効果的で、ある研究では平均4.2kgの減量が達成されたのに対し、比較群は2.1kgにとどまっています(※8)。
こうした意識の問題、心理的手法は、単なる「気の持ちよう」や「根性」ではなく、科学的に裏づけられた減量支援法であり、長期的な減量の成功率を高めるカギのひとつだと言えます。Aさんは、記事の編集作業が健康への適切な意識づけになったのかもしれません。
■「減量の壁」を乗り越える6つの科学的アプローチ
最後に、「減量の壁」にぶち当たる理由とその乗り越え方を、科学的(行動療法学的・心理学的)な観点から述べます。
減量の過程では、誰でも、目に見える成果が出なかったり、仕事や人間関係のストレスが重なったり、つい暴飲暴食して自己嫌悪に陥ったりして、「自分には無理だ」と挫折を感じるときがあります。しかし、波があるのが自然で正常な状態です。減量の道とは一直線に進むものではありません。減量初期には体重が順調に落ちやすいのですが、ある段階でそれが止まる時期(プラトー)が訪れます。
<次のことが重なって起きる>
・体の代謝が減量に適応した(基礎代謝の低下)
・筋肉量の減少
・心理的な疲れ(意欲の低下)
・行動の「慣れ」による自己モニタリングの精度の低下
<行動療法学・心理学で減量の壁を乗り越える6つのアプローチ>
1.認知行動療法(CBT)による自動思考の見直し……「自動思考」(automatic thoughts)とは認知行動療法で用いられる用語で、「無意識に瞬間的に浮かぶ考え」のこと。
「もう無理」といった否定的な思考パターンや思い込みがある。その思考に自ら気づき、現実的かつ柔軟な思考に置き換える。認知行動療法中心の減量支援治療では、通常の食事や運動指導よりリバウンドが少ないという研究報告もある(※9)
【対処法】日記やアプリに、「感情」(例:体重が減ってうれしい、減らないからイライラする)と、「そのときの考え」(例:やればできる、がんばっても無理かも)を記録して気づきを深める。
2.アドラー心理学による目的志向の行動理解……アドラー心理学では、人の行動は過去の原因ではなく、未来の目的に向かって選ばれているとされる。
例えば「夜中にお菓子を食べる」行動の背景には、「自分をいたわりたい」などの目的があることが多い。また、「頓挫は性格のせい」と変えられない過去の自分に原因を求めるのではなく、「いまこの瞬間から行動を選び直せる」という考え方を重視する。さらに、他人との比較ではなく、「自分がどうありたいか」という自己課題に意識を向けることで、自己効力感(6で説明)が高まり、減量の継続につながりやすい。
【対処法】「何のために自分は減量を選んだのか?」と問い直す習慣を持つ。他者と比べずに「自分が本当に望む姿」に立ち返る。例えば、「夜中に食べたのは、安心したかったからかも」と気づくことで、行動の背景が見えてくる。日記やアプリには、1と同様に、「感情」と「そのときの考え」を記録し、目的と行動のつながりを見える化する(※10)。
3.行動記録のリセット(再レコーディング)……体重・食事・運動などの記録がルーティン化によって、精度の低下が起こりやすい。記録の継続は減量の成功と強く関連するという報告がある(※11)
【対処法】新しいアプリや記録項目(例:満腹度、ストレス、食べる動機)を取り入れ、注意を再集中させる。
4.「報酬感覚」の見直し(行動経済学)……体重変化がなくなると、報酬感覚(ごほうび感)が減り、継続意欲が低下する。体重以外の報酬という視点を見つけ、動機づけを強める(※12)
【対処法】体重以外の成果(睡眠改善・ストレス減・姿勢改善など)に目を向けてごほうび設定を行う。
5.意思決定ポイントの見直し(習慣形成科学)……食べすぎや運動不足のきっかけとなる「場面」が無意識にくり返されるとき、環境と習慣の「見える化」で行動が変わる(※13)
【対処法】行動のトリガー(例:テレビ前でのお菓子。忙しいからと運動をしない)を見直し、置き換え行動を設定(例:歯磨きをする。食卓でしか食べないルールにする。温かいお茶やノンカフェイン飲料をリラックス時の定番にする。第11回で紹介した1回5分の細切れ運動やカルユルスクワット、ながら運動をするなど、実践ハードルを下げて行動する)。
6.「やり直し可能感」を持つ(自己効力感の維持)……「自己効力感」(self-efficacy)とは、心理学の概念で「自分は特定の課題を達成できると信じる度合い」を指す。自己肯定感とは異なり、「わたしならできる」という信念のことで、減量、禁煙、運動などの行動変容では、この力が非常に重要とされる。自己効力感が高い人は、挫折しても立ち直りやすい。
数日や数回の失敗を「全部台無し」「この年齢ではもう遅い」ととらえると継続が困難になり、自己効力感が長期減量維持の最大要因のひとつという報告もある(※14)。
【対処法】部分的な成功を評価する(例:朝食を同じ時間にきちんと食べるようになった。ウォーキング5分✕6回を実行中。禁煙3か月は成功)、目標達成した人の体験談を見聞きする、アプリやチャットから励ましの声をかけてもらう、失敗を次への過程と考えるなどして、1日の中で思考を回復する、立ち直らせる感覚を身につける。
このように、「減量の壁」にぶつかったときは、単に努力が足りないのではなく、背景には脳と行動の仕組みがあるのです。壁を乗り越えるには、その仕組みを理解し、心理的な切り替えと行動の再設定を行うことが、科学的に有効です。減量の強みは、何度でもやり直せることです。
最後の最後にもうひとつ、減量に関する新薬について補足しておきます。第1回・第2回で紹介した新薬に続いて、近い将来、「レタトルチド(Retatrutide)」や「オルフォルグリプロン(orforglipron)」、「カグリセマ(CagriSema)」など、より強力で長期的な体重減少効果が期待される新薬の登場が見込まれています。いずれも、この連載で紹介したGLP-1など複数のホルモンの受容体に作用し、食欲の抑制や代謝を一段と強化する新しいタイプの薬です。現在は海外を中心に臨床試験が進んでいて、数年内の実用化が期待されています。
最終回までお読みいただき、誠にありがとうございました。皆さんの減量、生活習慣の見直し、そして血管の健康づくりにお役に立てることができれば幸甚です。これからもご自身のペースで無理なく、生活習慣と向き合っていかれますよう心より願っております。
※1 StatPearls Authors. Behavioral approaches to obesity treatment. In: StatPearls [Internet]. Treasure Island (FL): StatPearls Publishing; 2023.
※2 Itani O, Jike M, Watanabe N, Kaneita Y. Short sleep duration and health outcomes: A systematic review, meta-analysis, and meta-regression. Sleep Med. 2017 Apr;32:246–56.
※3 Spiegel K, Tasali E, Penev P, Van Cauter E. Brief communication: Sleep curtailment in healthy young men is associated with decreased leptin levels, elevated ghrelin levels, and increased hunger and appetite. Ann Intern Med. 2004 Dec 7;141(11):846–50.
※4 Benedict C, Vogel H, Jonas W, et al. Gut microbiota and glucometabolic alterations in response to sleep loss in healthy men. Obesity (Silver Spring). 2016 May;24(5):1120–3.
※5 St-Onge MP, Wolfe S, Sy M, Shechter A, Hirsch J. Sleep restriction increases the neuronal response to unhealthy food in normal-weight individuals. J Clin Endocrinol Metab. 2011 Mar;96(3):E413–20.
※6 Carrière K, Khoury B, Günak MM, Knäuper B. Mindfulness-based interventions for weight loss: a systematic review and meta-analysis. Obes Rev. 2022 Jan;23(1):e13379.
※7 Burnette JL, O’Boyle EH, VanEpps EM, Pollack JM, Finkel EJ. Mind-sets matter: a meta-analytic review of implicit theories and self-regulation. Psychol Bull. 2013 Nov;139(4):655–701.
※8 Adriaanse MA, de Ridder DT, de Wit JB. Finding the critical cue: implementation intentions to change one’s diet work best when tailored to personally relevant reasons for unhealthy eating. Pers Soc Psychol Bull. 2009 Jul;35(1):60–71.
※9 Butryn ML, Webb V, Wadden TA. Behavioral treatment of obesity. Psychiatr Clin North Am. 2011;34(4):841–59.
※10 Jonynienė V, Kern ML. Importance of Adlerian lifestyle personality for weight control behaviours. European Scientific Journal. 2015;11(2):94–105.
※11 Wing RR, Phelan S. Long-term weight loss maintenance. Am J Clin Nutr. 2005 Jul;82(1 Suppl):222S–225S.
※12 Deci EL, Ryan RM. The “what” and “why” of goal pursuits: Human needs and the self-determination of behavior. Psychol Inq. 2000;11(4):227–68.
※13 Lally P, van Jaarsveld CHM, Potts HWW, Wardle J. How are habits formed: Modelling habit formation in the real world. Eur J Soc Psychol. 2010;40(6):998–1009.
※14 Teixeira PJ, Carraca EV, Marques MM, Rutter H, Oppert JM, De Bourdeaudhuij I, et al. Successful behavior change in obesity interventions in adults: a systematic review of self-regulation mediators. BMC Med. 2015 Jan 16;13:84.
構成:朝日奈ゆか・岩田なつき/ユンブル

現在、世界ではダイエット目的にて、自由診療での「やせ薬」の購入や個人輸入によるニーズが急増している。もちろんそれは、日本も例外ではない。こうした動きを背景に、従来の「食事がまんダイエット」は「薬に頼るダイエット」に変わりつつある。しかし、果たして健康への影響はどうか。人体にとって必要な減量とは何か、どうすれば減量できるのか、減量治療の最前線から、それらを紹介する。
プロフィール

大阪府生まれ。医学博士。日本糖尿病学会専門医。日本臨床内科医会専門医。大阪府内科医会名誉会長。日本臨床内科医会副会長。全国臨床糖尿病医会理事ほか。医療法人弘正会ふくだ内科クリニック院長。滋賀医科大学卒。大阪大学医学部老年医学講座(第四内科)入局後、ハーバード大学・ジョスリン糖尿病センターに留学。所属学会:日本糖尿病学会、日本内科学会、日本臨床内科医会、日本病態栄養学会、日本肥満学会、日本老年病学会、全国臨床糖尿病医会。著書に『糖尿病は自分で治す!』『糖尿病は「腹やせ」で治せ!』『専門医が教える 糖尿病ウォーキング!』『専門医が教える5つの法則 「腹やせ」が糖尿病に効く!』『専門医が教える 糖尿病食で健康ダイエット』ほか。医学会、一般向き講演、テレビ等のメディアでの出演も多数。