WHO I AM パラリンピアンたちの肖像 第4回

エリー・コールの心を奪ったスイマー

パラリンピック北京大会で負けず嫌いに火がつく
木村元彦

 「私は負けるのが大嫌いなんだ」

 今や他の追随を許さないパラスイマーには、彼女の負けん気に火をつけた一人のライバルがいた。憧れ、心を奪われた先輩スイマーが、ライバルに変わるとき……。

(C)Paralympic Documentary Series WHO I AM

 WOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。ノンフィクションライターが、番組では描き切れなかった選手のさらなる深層へと斬り込む。

 

ずっと泣いていた最下位の帰り道

 エリーのフランクストンでのプール通いが始まった。負けず嫌いはここで発揮される。当時の思いをこう語る。

 「いつも競争をしていたけれど、私の相手は常に脚が2本ある子供たちだった。全国大会に出るまでの道筋があるのに、私は都市レベルの大会さえ通過できなかった。だから私はいつも母に『これは不公平だ、いつも脚2本の相手と競争していて、いつも相手が勝ってしまう』って抗議していた。でも母はいつも、『もっと水泳の練習をがんばりなさい』って言うばかり。だから、とにかく一生懸命努力したの。脚2本の相手に勝つためにね。12歳になった頃、体育教師の1人が、パラリンピックのことを知っているか?と聞いてきたの。私は最初、彼女が何を言っているのか分からなかった」

 エリーはその説明に衝撃を受ける。

(C)Paralympic Documentary Series WHO I AM

 「先生は私みたいな人たちの写真を見せてくれた。腕が1本だったり、脚が1本だったり、いろんな障害のある人たちが水泳で競っている写真よ。それを見て驚いたわ。私にとっては全く新しい世界だった。そして12歳で初めて障がい者のレースに出たの。ビクトリア州選手権だった。大会へ行く時はすごく興奮していて、両親の車の中でもずっとしゃべるのをやめられなかった。そしてプールに着いてみると、私の相手はパラリンピックに出たことのあるオーストラリア代表チームのメンバーだった。私は、この人たちに勝ってやる、この人たちがどんな高いレベルで競っていようと関係ない、って思ってた。スタートのピストルが鳴って飛び込んだ。そうしたらすぐにゴーグルが外れてしまったの。だから止まって付け直して必死に最後まで泳いだんだけど、結果は最下位。帰り道はずっと泣いてた。そんなことがあって私は負けるのが大嫌いなんだと気が付いた。それからできる限りの努力を始めたわ」

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WHO I AM パラリンピアンたちの肖像

内戦で足を失った選手、宗教上の制約で女性が活躍できない国に生まれたアスリート……。パラリンピアンには、時に五輪選手以上の背景やドラマがある。共通するのは、五輪の商業主義や障害者スポーツに在りがちなお涙頂戴を超えた、アスリートとしての矜持だ。彼らの強烈な個性に迫ったWOWOWパラリンピック・ドキュメンタリーシリーズ「WHO I AM」。番組では描き切れなかった舞台裏に、ノンフィクション執筆陣が迫る。

関連書籍

橋を架ける者たち 在日サッカー選手の群像

プロフィール

木村元彦
1962年愛知県生まれ。中央大学文学部卒業。ノンフィクションライター、ビデオジャーナリスト。東欧やアジアの民族問題を中心に取材、執筆活動を続ける。著書に『橋を架ける者たち』『終わらぬ民族浄化』(集英社新書)『オシムの言葉』(2005年度ミズノスポーツライター賞最優秀賞作品)、『争うは本意ならねど』(集英社インターナショナル、2012年度日本サッカー本大賞)等。新刊は『コソボ 苦闘する親米国家』(集英社インターナショナル)。
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エリー・コールの心を奪ったスイマー