「疎外感」の精神病理 第3回

疎外感恐怖の現象学

和田秀樹

疎外感恐怖と同調圧力

 

 前回、コロナ禍の疎外感の問題を考察しましたが、もう一つコロナ禍で、精神科医である私が痛感したのは、日本人の同調圧力の強さです。

 同調圧力というのは、一般的には周囲が同調するように圧力をかけるというイメージですが、日本人の場合は、積極的に周囲が圧力をかけなくても、場の空気を読んで、勝手に圧力を感じて、それに合わせてしまうような気がします。

 もともと、人間には、圧力がなくても、同調してしまうという傾向があります。

 ソロモン・アッシュというアメリカの心理学者が7人の人(1人だけが実験の対象で、6人はサクラ)に対して、3つの線分の長さのどれが隣のカードに書いてある線分の長さと同じかというテストを行いました。

 通常は間違うことのないような問題ですが、サクラの6人がわざと間違った答えをいうと、実験対象になった人の約4割の人が間違え、12回テストをすると一度も間違えなかった人はわずか25%だったそうです。

 単に線分の長さを答えるような、特に圧力や利害とは無縁なものでも、つい人間は同調してしまうのです。

 このように、個人主義の国と言われるアメリカでさえ、同調傾向があります。私のみるところ、圧力をかけられるわけでもないのに、日本人がつい周囲に合わせてしまうのは、仲間外れにされたくないという「疎外感恐怖」によるものです。

 たとえばマスクをしないことで変なヤツと思われたくない、周囲から浮きたくない、みんなから嫌われたくない、あるいは仲間外れにされたくないというのが動機で、熱中症のリスクのある酷暑でもマスクを続けるとすれば、これはかなり重いレベルの疎外感恐怖と言えます。実害があるのに、疎外感を避ける方を優先しているからです。

 もちろん本人が実害を自覚していないこともあるでしょう。

 マスクをはずすと空気がフレッシュに感じると思いますが、着用中は自分が吐いた息がマスク内にたまり、呼気を吸うことになります。それは酸素濃度が下がった、二酸化炭素濃度の高い空気なので、身体によくありません。またマスクをしていると口呼吸になり、唾液の分泌量が減るので歯周病になりやすいという指摘もあります。

 前回も述べましたが、精神医学の立場から見ても口を隠すことで表情でのコミュニケーションが困難になるとか、普段笑顔を見ていないことがストレスフルであるという問題があります。

 ただ、これらはこれまであまり一般に意識されてきませんでした。ですから、感染予防のためにマスクを続けると人々が思うのは自然なことですし、周りに合わせてマスクをすることも病的とは言えません。

 しかし、感染が落ち着いた状態で、熱中症で倒れそうになっているのにマスクを続ける、そしてその理由が疎外感への恐怖なら、かなり病的と言っていいかもしれません。

 マスクに限らず、「自粛警察」なるものが現れたり、このコロナ禍では同調圧力が高まったことは事実です。

 その背景に、日本人にとくに顕著な疎外感恐怖がある、と私は見ているわけです。

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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