「疎外感」の精神病理 第3回

疎外感恐怖の現象学

和田秀樹

便所飯現象は何を意味するのか?

 

 子どもたちが大人になっても「友達が少ない」「友達がいない」と思われたくない心理をものの見事に表わしたものに「便所飯」という現象があります。

 昼ご飯を一人で食べるのが恥ずかしくて、トイレの個室で食事をするというのです。

 友達が多いほど偉いという価値観は、とりもなおさず友達がいない人間は、ダメ人間、落ちこぼれということを意味します。

 それで開き直れるのなら問題ないのですが、そうでないのなら、友達がいない姿を隠さないといけないということでしょう。

 高校までであれば、自分の席で食事をすればいいのでしょうが、大学に入ると、学食で一人で食事をしている姿を見られたくないし、会社に入ると社員食堂のようなところや近所のランチをやっている店で一人で食事をしている姿を見られるわけにはいきません。

 2013年発表のサンリフレホールディングスの調査報告では、2459人の有効回答数に対して12%もの人がトイレで食事をしたことがあると答えています。

 50代以降では5%にすぎませんが、20代では19%にはねあがります。

 若い人の疎外感恐怖というのは、仲間外れにされる恐怖だけでなく、そう思われるのも怖いということでしょう。

 もちろん便所飯については都市伝説という人もいて真偽を疑う声もあるのですが、私が映画の現場で若いスタッフに話を聞くと、便所ではないが階段の踊り場のようなところで学生時代は食事をしていたそうなのです。理由はやはり一人で食事をしている姿を見られるのが嫌だったということでした。

 いっぽう、コロナ禍において、オンライン授業やテレワークが盛んになり、人間関係から解放されて楽になったという声もよく聞かれます。

 その中でも、友達が少なく学校や職場で居心地が悪かったので、非対面だと楽だという話を何回か聞いたことがあります。

 数年前から中高生は9月1日に自殺が最も多くなることが問題にされ、9月1日問題と言われるそうです。

 スクールカーストの中、仲間外れにされないように気を遣うとか、友達が少ないという事実に直面することが、大人が想像する以上に若者にはつらいことなのかもしれません。

 そして、それが大学生や社会人になっても続くことが便所飯問題の本質のように思えてならないのです。

 もともと日本人には、周囲の状況を読めて多くの人と上手につきあえる人間のほうが優秀と考えられる文化がありました。ノーベル物理学賞に選ばれた気象学者・真鍋淑郎さんが「私はまわりと協調して生きることができない。それが日本に帰りたくない理由の一つです」と会見で語って話題になりましたが、私も同じことを留学して痛感しました。協調できなくても業績を上げればいいというアメリカの環境と比べて、日本では協調性のない人間、友達の少ない人間は欠陥扱いです。

 一昔前に流行った言葉にKY(空気読めない)という言葉があります。

 現在では若者の間であまり使われなくなったようですが、周りに合わせることができない人が揶揄されたり、恥ずかしいことだという流れは変わっていないように思われます。

 確かに葬式の席で赤いネクタイをしていけば空気が読めないし、儀礼に反するかもしれません。しかし、言いたいことを言うだけでKY扱いされるのでは、若い人が周囲を常に気にしてしまうのも仕方がないのかもしれません。ただ、周囲と同調しながらでも、友達が多いほうがいいという価値観には、私はやはり疑問を感じてしまいます。

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「疎外感」の精神病理

コロナ孤独、つながり願望、スクールカースト、引きこもり、8050問題……「疎外感」が原因で生じる、さまざまな日本の病理を論じる!

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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