「疎外感」の精神病理 第3回

疎外感恐怖の現象学

和田秀樹

疎外感恐怖を醸成する学校教育

 

 コロナ禍では、老若男女問わず、日本人の疎外感恐怖が露わになったのですが、私は若い世代ほど疎外感恐怖が強いと見ています。

 というのは、ある時期から学校が疎外感恐怖を醸成する場になっていったからです。

 戦争に負けた日本は旧来の特権階級が退場することになり、たとえば財閥などでも世襲のオーナーが追放され、高学歴の番頭クラスの人間がトップにつくようになりました。官僚にしても上がいなくなるので40代くらいで次官になれるようになりました。

 戦後は学歴を通じて誰もがチャンスを与えられる時代となりました。政策的に国立大学優位で、学費も非常に安く抑えられ、貧しい家でも在学中にアルバイトをすれば卒業できるという状態だったので、非常に多くの人がこの競争に参加しました。ただし、まだまだ国が貧しかった時代には、浪人は許されず、東大に1点差で落ちるような高学力の人間が、高卒で労働者になるということも珍しくありませんでした(こういう人たちが労組のトップに立つので、経営陣にも議論で打ち勝って、日本が中流社会になったという説もあります)。

 さらに言うと、戦後のベビーブームで競争相手もきわめて多い状態でした。

 かくして受験競争は空前の厳しさとなりました。

 いっぽうで、それによって若者の心身に悪影響を及ぼすという批判も高まりました。

 1950年代になると四当五落なる言葉が生まれます。受験に受かるためには5時間睡眠では足りず、4時間睡眠でないと合格できないという意味の言葉ですが、受験競争の残虐さを批判する端緒になります(これについても当時の東大教授の調査で、東大に合格した人は平均8.5時間睡眠を取っていたということが明らかになるのですが、今も昔もマスコミは、煽るいっぽうな上に不勉強なので、このようなデータは無視されます)。

 特定のトップ校でないと東大に合格できないという事態と、そのための高校受験の競争の激化が問題にされ、高校受験で小学区化や学校群制度が導入されるのは1960年代の話です。

 私が灘中学を受験したのは1973年、東大を受験したのは1979年の話ですが、受験勉強で性格が悪くなるなどという話が公然と語られていました。

 こういう世論を背景に、学校の中で競争排除の動きが高まります。

 70年代には、学校の成績順位を貼りだすということばまずなくなりました(地方によるでしょうが)。

 建前は、勉強ができない子どもを傷つけないためということだったのですが、すると運動会で順位をつけるのは、スポーツができない子供を傷つけることにならないかという議論が生じます。

 早いところでは80年代から、たとえば徒競走で1位を表彰するのをやめたり、低学年では手をつないでゴールインするというような事態も生じています(都市伝説という話もありますが、確かにそれを見たという人もいるので、完全に都市伝説ではなさそうです)。

 学芸会でも、主役が何度も変わったり、主役のいない集団劇が主流となります。

 このような形で競争をさせない、差をつけない教育が90年代には当たり前のものとなり、その後もずっと続いているのが現状です。

 ただ、一つだけ競争が許されるものがあります。

 それが友達の数です。

 1986年に東京中野区の中学校で起こった「いじめ自殺」を契機に、94年の愛知県でのいじめ自殺の頃には、いじめ撲滅が学力向上以上の学校の主要テーマになっていきます。

 その中で、学校文化は「みんな仲良く」が目標となるのですから、友達は多いほどいいという話になるのは、ある意味必然でしょう。

 勉強であれ、スポーツであれ、芸事であれ、できない人がかわいそうと、競争をやめていくわけですが、コミュ力や友達を作る能力が弱い子はかわいそうとは思われません。学校の中で友達の数の多さの競争はどんどん激しいものとなっていくのです。

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「疎外感」の精神病理

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プロフィール

和田秀樹

1960年大阪府生まれ。和田秀樹こころと体のクリニック院長。1985年東京大学医学部卒業後、東京大学医学部付属病院精神神経科助手、米国カール・メニンガー精神医学校国際フェローなどを経て、現職。主な著書に『受験学力』『70歳が老化の分かれ道』『80歳の壁』『70代で死ぬ人、80代でも元気な人』『70歳からの老けない生き方』『40歳から一気に老化する人、しない人』など多数。

 

 

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