カルチャーから見る、韓国社会の素顔 第4回

韓国ドラマ・映画と北朝鮮――映画『南部軍』(1990)からドラマ『愛の不時着』(2019)まで (2)

「北のヒーロー」――その系譜

伊東順子

北朝鮮男性とのリアル恋愛? ある台湾女性の不時着物語

 『愛の不時着』カップル、ヒョンビンとソン・イェジンの交際発表は日韓のファンの間でまるで奇跡のように受け止められた。前回の記事を書いた後に、こんなメールもいただいた。

 「イェジンのインスタがまたなんとも可愛らしくて、『ああ神様ありがとう』と誰に何を感謝しているのだか、そんな気持ちでした」

 うーん、これは通常の「芸能人カップル誕生!」とは少し違うかもしれない。もちろん新型コロナで日常からリアルなドキドキが失われていることも大きいだろうが、やはりあの二人にはドラマの中の「不可能な愛」が、無意識に投影されているような気もする。北朝鮮男性と韓国女性の恋愛という意味での不可能。どんな国際恋愛・結婚にもハードルはあるが、北朝鮮で暮らす人との恋愛や結婚は、今も昔も他のどんな国よりもハードルが高いといえる。

 それは韓国女性にとってだけではない。友人であるフランス人教授は80年代半ば、中国の北京に留学しており、そこで目撃したことを話してくれた。当時、大学の寄宿舎にいた様々な国籍の学生の中には、北朝鮮から来た留学生もいたという。

 「北朝鮮の留学生は全て男子学生でした。私は知らなかったのですが、その中に日本の女子学生と相思相愛になっていた子たちがいたんですね。北朝鮮の学生が留学を終えて帰国する時、もう両方とも涙涙。その別れが本当に切なくて、見ている私たちも皆もらい泣きをしました」

 『愛の不時着』では主人公カップルが欧州ですれ違っていたという設定になっているが、過去にも海外に出た北朝鮮のエリートと外国人との恋愛は存在し、その多くは現実の壁に阻まれていった。北朝鮮の人々は海外での行動を常に監視されており、恋愛などもちろんご法度だ。愛を遂げようとするなら、亡命を覚悟するしかない。

 ところで、それを実行した人がいる。1991年代初頭、柔道の世界大会に出場した北朝鮮代表の一人が、ベルリンの韓国大使館に駆け込んだ。そこまでは「普通の亡命劇」だったが、世間が驚いたのは彼の口から台湾代表の女子柔道選手の名前が出たことだ。

 二人は1989年にユーゴスラビアで行われた大会で初めて出会い、翌年北京で予定されていたアジア大会での再会を誓った。そのためには両者とも国家代表にならなくてはいけない。奮闘して代表選手となった二人は北京で無事再会、束の間のデートを楽しんだ後、さらに翌1991年にバロセロナで開催された世界大会で3度目の再会をする。その時、北朝鮮選手はすでに亡命を心に決めていた。彼は北朝鮮への帰国の途中、列車から飛び降りてベルリンの韓国大使館にかけこんで亡命申請、その後に韓国に到着してからの記者会見は台湾でも大きく報道された。やがて二人は4度目の再会を果たし、韓国で結婚することになる。

 『愛の不時着』の放映で、この恋愛劇が再び注目された。

 「まさにうちの両親の話」とYouTubeで一部始終を語っているのは、二人の間に生まれた3人の息子さんの1人。リンク先の動画には古い台湾のニュース記事なども紹介されている。解説は韓国語に中国語字幕だが、ちらっと見てほしい。え、タレントさん? と見紛うような素敵な息子さんが両親の恋愛について語っている。

 https://www.youtube.com/watch?v=T9Vje1ZBwew&feature=emb_logo

 

 私は1990年から韓国で暮らしたので、当時のことはよく覚えている。今でこそ北朝鮮からの「脱北者」は身近な存在になったが、当時の韓国の人々にとって北朝鮮は今よりはるかに遠く、また恐ろしい国でもあった。それで思い出すのはイ・ビョンホンのインタビューだ。2000年代初頭、彼が出演した映画『JSA』が大ヒットし、韓国だけでなく日本でも大きな話題になっていた。

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カルチャーから見る、韓国社会の素顔

「愛の不時着」「梨泰院クラス」「パラサイト」「82年生まれ、キム・ジヨン」など、多くの韓国カルチャーが人気を博している。ドラマ、映画、文学など、様々なカルチャーから見た、韓国のリアルな今を考察する。

プロフィール

伊東順子

ライター。編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。チョ・ナムジュ『82年生まれ、キム・ジヨン』(筑摩書房、斎藤真理子訳)の解説を担当。

 
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