韓国カルチャー 隣人の素顔と現在 第5回

映画『リトル・フォレスト 春夏秋冬』イム・スルレが描く、生きとし生けるもの

伊東順子

美味しい料理とは 

 故郷に戻ってきたヘウォンは身近な食材で料理をする。映画には美味しい料理がたくさん登場するのだが、まずは「スジェビ」。日本の「すいとん」にあたる。

 

 寒い日にはスジェビが食べたくなる。(小麦粉を)こねて2時間ほど寝かせなければいけないから、その間に雪かきができる。

 布巾の下で発酵している生地。それを手でちぎって、グツグツと煮立ったスープに落としていく。映画では唐辛子入りの赤いスープになっているが、辛くせずに食べる人もいる。特に女性はエゴマ入りのあっさり味を好む人が多い印象。韓国の人はスジェビが大好きで、真冬の寒い日もそうだが、季節に関係なく、雨が降るとスジェビを食べるという人も多い。

 映画にはスジェビと一緒に白菜のジョン(チヂミ)が登場する。収穫後の白菜から出た手のひらほどのわき芽を、小麦粉にくぐらせてフライパンで焼くだけ。これが実はとても美味しくて、知り合いの在日韓国人で「まさにソウルフード」と言っていた人もいた。お母さんがよくおやつ代わりに作ってくれたそうだ。チヂミといえば韓国料理の定番イメージだが、新鮮な素材なら何でも小麦粉をつけて焼いていい。日本の天ぷらとよく似ている。

 次に登場するのはトック(餅)だ。ほうれん草、小豆、クチナシの色合いが美しい、まさにライスケーキという訳語がぴったりの韓国伝統スイーツである。そして自家製マッコリにシッケ、キムチのジョンと韓国料理が続いていく。

 長い長い冬の夜、母はマッコリを作って飲んでいた。

 「へウォンはシッケ、お母さんはマッコリ、乾杯!」「乾杯!」

 シッケの麦芽は甘いが、マッコリの麹は大人の味だ。

 

 ヘウォンは4歳の時に、家族で父親の故郷に移り住んでいた。病気療養をしていた父親が亡くなった後も母親(ムン・ソリ)はソウルに戻らず、二人はそのままミソン里で暮らしていた。ところがヘウォンの大学入学試験の翌日、母は短い手紙を残して姿を消してしまったのだ。

 映画はそんな「母と娘の物語」でもあり、料理はヘウォンが母親と過ごした日々を回想するためのメタファーになっている。シッケとは米を麦芽で発酵させる韓国の伝統飲料である。市販の缶ジュースなどもあるが、やはり自家製が美味しい。ただし、この母親は特に韓国の伝統にこだわっているわけでもない。

 春は桜とすみれのペペロンチーノ、春キャベツのサンドイッチ、お好み焼きのシーンには日本人の我々にも懐かしい削り節が登場する。

「この木を削って上にかけるの」

「おかしいよ、やめて、木はやめて」

 ヘウォンは初めて嗅ぐ鰹節の香りを記憶する。

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プロフィール

伊東順子

ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。

 

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