最後に、ダウン症の妹ヨンヒを演じた、チョン・ウネさんのこと
ベテランから中堅まで豪華キャストが並ぶ本作の14人の主役の中で、無名の俳優が3人いた。妊娠した女子高校生役のノ・ユンソ、チュニおばさんの孫役のキ・ソユ、姉を訪ねて済州島を訪れた妹役のチョン・ウネ。彼女はダウン症という設定だった。
韓国ドラマや映画は、あえて「障がい者」を主人公にしたものは少なくない。大人気となった『ウ・ヨンウ弁護士は天才肌』の主人公も自閉症スペクトラムの弁護士という設定であり、その役を演じるパク・ウンビンの好演が話題になった。
ところが『私たちのブルース』の場合は、役者が「障がい者を演じる」のではなく、障害のある当事者が俳優として出演して、自分に与えられた役を演じたのだ。かつてない試みに韓国でも大きな反響があった。
チョン・ウネのパート14・15話。予想をしていなかった「障がい者」の登場に、視聴者はギョッとする。ドキュメンタリー番組ではない、ゴールデンタイムのテレビドラマだ。その「驚きの反応」は制作側が想像した通りのものであり、その戸惑いはドラマの中の登場人物がそのまま引き受ける。
「ものすごく驚いたみたいね。私の双子の姉、ヨンヒ。ダウン症候群」
「発達障害2級」
「ダウン症候群が何か知らないなら、ネットで検索したらいい」
韓国でも教育現場では発達障害のある生徒は、専門の教育機関に通うことが多い。小学校段階では「混合教育」を希望する生徒や保護者もいるが、中高生になると受験が入ってくるため現実的に難しくなる。子供の頃から学校などで机を並べた経験がなく、また授業などでも発達障害について詳しく習ったこともない。そんな「一般人」はドラマの中でも、言われたとおりにネット検索する。
ドラマにリアリティがあるのはチョン・ウネ自身が出演したことに加え、さらに彼女自身の体験が物語の下敷きになっているからだという。作家のノ・ヒギョンは、現在はカリカチュアアーティストとして活動する彼女をモデルに物語を構想し、個人的な交流を続けた後で脚本を書いたという。また彼女以外にも聴覚障害のある俳優イ・ソビョルが、市場でコーヒーを売る仕事をしながら、コミュニティで生き生きと暮らす様子が描かれる。
放映から半年過ぎた今も、韓国では『私たちのブルース』の話題は途切れない。チャン・ウネに関する記事なども多く、また直近では釜山国際映画祭でノ・ユンソがアジアスターアワードのライジングサン賞に輝いたとの報道があった。
「ブルース」は文字通り悲しみの歌なのだが、悲しみのブルーは済州の海や空のブルーに溶け込んで明るく照らされる。『私たちのブルース』は美しい物語である。
プロフィール
ライター、編集・翻訳業。愛知県生まれ。1990年に渡韓。ソウルで企画・翻訳オフィスを運営。2017年に同人雑誌『中くらいの友だち――韓くに手帖』」(皓星社)を創刊。著書に『ピビンバの国の女性たち』(講談社文庫)、『もう日本を気にしなくなった韓国人』(洋泉社新書y)、『韓国 現地からの報告――セウォル号事件から文在寅政権まで』(ちくま新書)等。『韓国カルチャー 隣人の素顔と現在』(集英社新書)好評発売中。