ディープ・ニッポン 第3回

国東(3)元宮磨崖仏、熊野磨崖仏、天念寺耶馬、川中不動磨崖仏、臼杵の石仏群

アレックス・カー

半島から離れた「観光地」では……

 大分県の磨崖仏は国東半島だけにあるのではありません。いちばん有名なものは大分市の南、臼杵うすき市にある臼杵の石仏・磨崖仏群(以下、臼杵石仏)です。せっかくですので、そこにも足を延ばすことにしました。

 臼杵石仏は平安末期から鎌倉にかけての作で、国宝にも指定されています。規模といい、繊細なつくりといい、日本屈指、いえ世界的にも貴重な石仏群です。これらは雨風や崖からの湿気によってかなり劣化が進んでいたため、1993年に文化庁が大修理を行いました。いま、それぞれの石仏の上には屋根がかけられて、状態が維持されています。

 実際、臼杵の石仏群は素晴らしいものでした。まろやかな顔の輪郭、上品でエレガントな目、唇。繊細な衣装のラインは、鎌倉の大仏さまとも似ていて、高貴な芸術作品です。富貴寺の阿弥陀堂でも見たように、平安の雅は遥か大分まで届いていたことが見てとれます。

 石仏を覆った拝観堂や内部の欄干などはみな木製で、文化財への配慮が見られます。しかし、せっかく環境を整備したにもかかわらず、それらの前にはなぜか俗な看板が立てられていました。不動明王を「防衛大臣」、地蔵菩薩を「法務大臣」など、それぞれの仏像を大臣に見立てた「美仏内閣クロスワード」というゲーム仕立てで、最も大きく立派な「古園石仏」に至っては、国宝のシンボルでもある大日如来像の脇に、全仏像大臣が集合したという趣旨の大看板が立っていました。

 とても大人向けのものとは思えないので、きっと子供を喜ばせようと考えたのでしょう。しかし、子供は「○○大臣」に興味はあるのでしょうか。臼杵石仏は美術価値の高いものだと理解はしながらも、「大臣」云々の看板により、私の感動は削がれました。かつてこの場所は、臼杵の仏たちから霊力を感じ取れる特別な場所だったと思います。残念ながら、いまは普通の「観光地」に成り下がり、大日如来も如来の座から降ろされて、「内閣総理大臣」に格下げされてしまいました。

仏像大臣(撮影:アレックス・カー)

 大分県有数の観光名所である臼杵石仏は、その入り口に大きな駐車場と売店があります。建物は典型的な観光施設で、「観光センター」「煎餅販売」「製菓卸売」など、真っ赤な字で書かれた大きな看板が乱立しています。ユネスコは世界遺産登録の評価基準に、対象の建物や庭を守るだけではなく、周囲に「バッファゾーン」を設けることを勧めています。しかし日本の文化財が置かれる環境は、バッファゾーンはおろか、基本的な景観管理さえできていないところが多いです。

 楽観的にとらえると、入り口の景観も看板も永久的なものではありません。いつか売店と駐車場を磨崖仏の気品とマッチしたデザインで作り直すことのできる時が来て、〇〇大臣も姿を消すことでしょう。千年の歳月を歩んできた磨崖仏なら、いまの状況もきっと乗り越えられるはずと信じています。

臼杵石仏 古園石仏

 現在、霊的な感興は、時代から半ば忘れ去られた国東半島でないともう味わえないと思い、私たちは再び、国東へと戻りました。

(つづく)

構成・清野由美 撮影・大島淳之

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オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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