滝のすばらしさに目を奪われる
奥入瀬渓流へ向かう途中には、十和田湖があります。山の展望台に車を停めて湖を眺めることにしました。空一面に雲がかかり、冷たい風が吹いていましたが、しばらくすると雲間から太陽が顔を出し、紅葉で鮮やかに色づいた周りの山々と湖面を照らしました。再び雲に覆われてくすんだ景色に戻ったかと思えば、また空が開けてキラキラと陽が照りと、まるで動く絵画を鑑賞しているようでした。
奥入瀬渓流に着いたのは午後も遅くなったころでした。国道102号線に沿って流れる川の周りにはトチ、カツラ、サワグルミなどの樹木、山の上には密集したブナの木が見えます。紅葉で赤や黄色に染まった木々の中には、まだ緑の葉をつけたものや、すでに多くの葉を落としたものが混じり合っていましたが、植林ではない自然の森は全体的に明るく、陽の光が川面まで届いていました。
東北北部の特徴かもしれませんが、一枚一枚の葉は小ぶりで、デリケートな印象です。ゆるやかな蛇行を繰り返す奥入瀬川は、ダイナミックな流れを見せるところや、逆にほとんど流れがない湿地のようなところ、浅瀬になってちょろちょろ音を立てているところなど、変化に富んでいます。森林の規模は比較的小さく、遠方まで見渡せるような場所もありませんが、森、川、滝、どれもが純粋無垢で爽やかな景観です。
特に目を奪われたのは滝のすばらしさでした。ナイアガラの滝を小さくしたような「銚子大滝」、切り立つ崖が山水画を思わせる「雲井の滝」、そして段々になった崖の岩場に、細い水の糸が流れ落ちる「千筋の滝」。これは昔でいう「滝の白糸」そのものです。
観光客の姿は引きも切りませんが、今の日本にほとんど見られなくなった健全な森の姿が、ここにあると思いました。
このような景色を純粋に楽しめたらいいのですが、こういう時に、つい嘆息してしまうのが私の悪いクセです。日本の地方は、どこも昔はこうだったのに、植林や護岸工事で破壊されてしまった。青森の奥入瀬まで来ないと、ピュアな自然はもう見られない。この景色もいつまで持つのだろうか、と悲観的になってしまうのです。
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