ディープ・ニッポン 第5回

青森(1)キリストの墓、十和田湖、奥入瀬渓流、二ドムカムイ(ブナの巨木)

アレックス・カー

滝のすばらしさに目を奪われる

 奥入瀬渓流へ向かう途中には、十和田湖があります。山の展望台に車を停めて湖を眺めることにしました。空一面に雲がかかり、冷たい風が吹いていましたが、しばらくすると雲間から太陽が顔を出し、紅葉で鮮やかに色づいた周りの山々と湖面を照らしました。再び雲に覆われてくすんだ景色に戻ったかと思えば、また空が開けてキラキラと陽が照りと、まるで動く絵画を鑑賞しているようでした。

十和田湖 展望台からの眺め

 奥入瀬渓流に着いたのは午後も遅くなったころでした。国道102号線に沿って流れる川の周りにはトチ、カツラ、サワグルミなどの樹木、山の上には密集したブナの木が見えます。紅葉で赤や黄色に染まった木々の中には、まだ緑の葉をつけたものや、すでに多くの葉を落としたものが混じり合っていましたが、植林ではない自然の森は全体的に明るく、陽の光が川面まで届いていました。

 東北北部の特徴かもしれませんが、一枚一枚の葉は小ぶりで、デリケートな印象です。ゆるやかな蛇行を繰り返す奥入瀬川は、ダイナミックな流れを見せるところや、逆にほとんど流れがない湿地のようなところ、浅瀬になってちょろちょろ音を立てているところなど、変化に富んでいます。森林の規模は比較的小さく、遠方まで見渡せるような場所もありませんが、森、川、滝、どれもが純粋無垢で爽やかな景観です。

 特に目を奪われたのは滝のすばらしさでした。ナイアガラの滝を小さくしたような「銚子大滝」、切り立つ崖が山水画を思わせる「雲井の滝」、そして段々になった崖の岩場に、細い水の糸が流れ落ちる「千筋の滝」。これは昔でいう「滝の白糸」そのものです。

奥入瀬渓流 銚子大滝
奥入瀬渓流 雲井の滝
奥入瀬渓流 千筋の滝

 観光客の姿は引きも切りませんが、今の日本にほとんど見られなくなった健全な森の姿が、ここにあると思いました。

奥入瀬渓流 川辺の風景

 このような景色を純粋に楽しめたらいいのですが、こういう時に、つい嘆息してしまうのが私の悪いクセです。日本の地方は、どこも昔はこうだったのに、植林や護岸工事で破壊されてしまった。青森の奥入瀬まで来ないと、ピュアな自然はもう見られない。この景色もいつまで持つのだろうか、と悲観的になってしまうのです。

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ディープ・ニッポン

オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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