青森県西部には「津軽富士」と呼ばれる岩木山があり、裾野から平野部にかけて神社、お寺、そしてさまざまな巨木が点在しています。岩木山は大分・国東半島の両子山と同様に、火山特有の形状で、上から見ると山頂を中心に綺麗な円形を描いています。しかし国東と違い、岩木山の周りには平地が広がり、山の北、東、南の三方を、遠くから臨むことができます。その西側には、深い山の連なる白神山地があります。
白神山地はブナ林の王道であり、「木」を巡る旅のハイライトの一つになるでしょう。その前にこの地を守る「岩木山神社」にはぜひお参りをしておかねばなりません。しかし、そこに至る途中に次々と私の興味を引く名刹が現れ、たくさん寄り道をすることになりました。
まず目に止まったのが、岩木川の左岸にある小さな禅寺でした。弘前の中心部には有名な弘前城があり、そのたたずまいや堀端の眺めはすばらしいものでした。しかし、そこから少しはずれた道路沿いに見えた蓮池に、私は心惹かれました。
蓮池はどこにでもありそうで、案外と少ないものです。私にとって蓮は、花より葉っぱが魅力的で、大きく広がった蓮の葉を見ると、彫刻作品のように感じて見入ってしまいます。夏は緑のベルベットのように葉がふかふかしていますが、秋になるとそれがぐしゃぐしゃにしおれて垂れ下がり、蜘蛛の足のようになった茎と合わさって、別の惑星から来たエイリアンに変貌します。
その日は秋の只中で、蓮池はエイリアンでいっぱいでした。池を二つに分かつように参道がのび、その両脇に風情のあるマツの木が並んでいました。
小さな赤い橋を渡った先にある山門の柱には「革秀寺」と書かれた木札がかかっていました。
革秀寺は津軽藩とゆかりの深い由緒あるお寺です。境内中央にある大きな茅葺き屋根の本堂は洗練されたクラシックな木造の建物で、京都の古い禅寺にも見られる広い板敷きの廊下が備え付けられています。その本堂から少し離れたところ、垣根に囲まれた場所に、初代藩主である津軽為信を祭った霊屋が建てられていました。本堂は江戸時代初期の1610年ごろの建造とのことで、霊屋の様式は日光東照宮と似た豪華な造りです。気品あるたたずまいの中で、初代藩主が静かに眠っていました。
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