ディープ・ニッポン 第5回

青森(1)キリストの墓、十和田湖、奥入瀬渓流、二ドムカムイ(ブナの巨木)

アレックス・カー

 私は旅行案内の仕事もしており、コロナ禍前のインバウンド観光ブームでは、旅行者の求めるものの移り変わりを実地で見聞してきました。コロナ禍以前は、東京・大阪・京都・奈良の、いわゆる「ゴールデンルート」を希望する人がほとんどでしたが、最近は四国のお遍路巡り、直島のコンテンポラリーアート、飛騨高山の古い町並み、日本の地方にある竹細工や陶芸など職人のアトリエ巡りと、興味の対象となるエリアやジャンルが広がっています。

 その一方で、まだ人々の興味が及んでいない領域があることも感じています。その筆頭が「木」を訪ねる旅です。

 北海道から沖縄まで3000キロメートルにも及ぶ日本列島には、南北で大きな寒暖差があり、豊富な樹種が育ちます。世界的に見ても、雨量の多い日本の森林は、木にとって大変恵まれた環境といえます。植林や開発により伐採されてしまった木も多いのですが、神社にある鎮守の森や古いお寺の境内には、神体と目される巨木があり、今も大切に守られています。

 ところが「木の国」と呼ばれる日本で、木を巡るツアーを私自身は聞いたことがないのです。屋久島の縄文杉だけは有名ですが、それが唯一、近い例でしょう。たまたま近くにあった、あるいは前を通りすがったなどの理由で、どこかの「大スギ」や「大グス」を見ることはあっても、わざわざそれを目的に旅をすることは稀だと思います。

 実は世界には「木」を愛好するグループが多々あり、フェイスブックでも「世界の美しい木」「イタリアの木」「アメリカ・オハイオ州の木」といったテーマで、それぞれのコミュニティが盛り上がりを見せています。そこに日々アップされている木の写真を見るのは面白く、私はほぼ毎日チェックしています。

 そのような背景もあり、今回、青森を旅するにあたって、私は「木の探訪」というテーマを設けることにしました。直接的なきっかけは数年前に青森の浅虫温泉を訪れた時に、近くで「馬場山のアカマツ」という見事な木を見たことでした。私は大イチョウも好きなのですが、青森には日本一大きいイチョウの木があるという話も、その時に聞きました。いうまでもなく青森は、世界自然遺産のブナ林、白神しらかみ山地があります。ほかにも本州の他の地域では見られなくなった立派な木や森が残っているはずです。

 秋の一日、京都から新幹線で八戸まで移動して、そこからレンタカーで、まずは奥入瀬おいらせ渓流を目指しました。その途中、以前から気になっていた場所を経由することにしました。八戸駅より西に約30キロメートルの位置にある新郷村しんごうむらの「キリストの墓」です。そんなはずはないのですが、だからこそ興味がそそられます。

 新郷村という呼び名は1955年の合併で生まれたもので、旧名は「戸来村へらいむら」といいます。この合併前の地名が大事な意味を持っていることについては後で記します。

 くだんの墓は新郷村ふるさと活性化公社が運営する「キリストの里伝承館」の敷地内にあります。国道454線沿いにある駐車スペースに車を停め、木々に囲まれた丘への道を上がって行くと、その先に盛り土がされた塚が二つありました。それぞれの塚の上には、木でできた十字架が立っています。紅葉で色づきはじめた林の間から陽の光が穏やかに降り注いでいます。その様子は素朴で趣深く、霊的な伝承を信じるのに適した場所だと感じました。

キリストとイスキリの墓
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ディープ・ニッポン

オーバーツーリズムの喧騒から離れて──。定番観光地の「奥」には、ディープな自然と文化がひっそりと残されている。『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』のアレックス・カーによる、決定版日本紀行!

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プロフィール

アレックス・カー
東洋文化研究者。1952年、米国生まれ。77年から京都府亀岡市に居を構え、書や古典演劇、古美術など日本文化の研究に励む。景観と古民家再生のコンサルティングも行い、徳島県祖谷、長崎県小値賀島などで滞在型観光事業や宿泊施設のプロデュースを手がける。著書に『ニッポン景観論』『ニッポン巡礼』(ともに集英社新書)、『美しき日本の残像』(朝日文庫、94年新潮学芸賞)、『観光亡国論』(清野由美と共著、中公新書ラクレ)など。
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青森(1)キリストの墓、十和田湖、奥入瀬渓流、二ドムカムイ(ブナの巨木)